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鉄山労働者と木地屋①
蒜山地方には、田畑で働く農民のほかに、山で働く鉄山労働者と木地屋とがあったそうです。
さて、タバコの栽培を取り入れた新しい農業が始まるにつれて、貨幣経済か発展し、農民の間では徳山家のような大地主が現れる反面、貧しいために田畑を売り渡して小作人となる者が少なくなかったようです。かれらのなかには、地主に雇われたりその小作入となるほか、鉄山労働者となって山に入っていく者もあったそうです。
鉄山では、鉄穴流しといって、砂鉄を含んだ土砂を掘り出し、それを水洗いして砂鉄を選別する仕事や、それを精錬するための燃料である木炭を生産する仕事などがあります。このような仕事は、砂鉄・木炭・錬鉄などの運搬などと共に、鉄山の近くの農民たちの副業で、貧しい農民たちのまたとない家計の支えとなっていたようです。
選別された砂鉄は、高殿と呼ばれる仕事場の、粘土でつくられた炉の中でたかれ、さらにこの銑鉄(ずく)は錬鉄に加工されたこの製鉄・加工の仕事は、鉄山経営者に常に雇れている「山内者」と呼ばれた技術労働者の仕事でした。
鉄山も10年から15年もたつと、燃料か少なくなるので他に移りますが、その後には鉄穴流しによって土砂がたまった土地が残り、それを開いて新田として開拓するため、貧しい農民たちが移り住んで小作人となる場合も多かったようです。
写真は鉄とは全く関係ありません。 鉄山は滅び、煙があがる姿は同じですが、昭和化学工業が珪藻土を精製している煙突から白煙があがります。
投稿日2006年03月09日 15:13



