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ジャンル:歴史  

昔の生活を垣間見る④

蒜山郷土博物館内展示、昔の農作業着です。   筆者のおじいさんも着ていたぞ。


 この盆地に点在する古墳には、前方後円墳がないという特色をもっています。山陰側の関金・倉吉などにおいても、美作の津山・鏡野・勝間田・久世などにおいても、古墳時代前期の首長の墳墓は、ほとんどの場合前方後円(方)として造営され、その規模も40~80メートルに達するほどですが、この蒜山では、前方後円墳がないばかりでなく、それに相当するような大形の前期古墳は知られていません。

このことから、弥生時代には農業があまり進展しないで、古墳時代になって開発が進んだということが推測されます。この点、この盆地は他地方に比べ古墳文化の波及も遅れたようで、しかも、古墳かこの原野の一角に集中して次々と営まれていることは、同族的な盆地内の最有力な豪族の墳墓とみることかできます。

 後期古墳は、一般的には横穴式石室を持っているが、この原野にはそれか案外少なく、140基のうち20基を数えるに過ぎないことも、他の中国山間部と比べ、大きな特徴といえるようです。

四つ塚古墳が発掘されたのは、筆者が小学校4年か5年の頃であったように思います。 最近になって、その古墳の近所に住む同級生に聞いたところ、古墳に入って勝手に兜や土器を持って帰って家に置いていたなどということを聞きました。 

太古の人は、子孫である蒜山の子供がチャンバラなどに出土した兜を使っても許してくれるのではないでしょうか。

投稿日2006年12月17日 14:17


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