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2007年01月08日

 ゴムなんて無かった時代のこと
平安時代にも人が住んでいたとは驚き。


「和名抄」などによれば、平安時代の蒜山地方は美作国大庭郡布勢郷と呼ばれていたそうです。

布勢郷は次第に荘園化して、中世になると布施庄といわれるようになったようです。その布勢郷(布施庄)の境域は広大で、現在の真庭郡旧川上村・八束村・中和村と湯原町にまたがっていたようです。

 奈良・平安時代のことはよくわかっていませんが、「続日本紀」の神亀5年(728)の条には、「美作国内の大庭・真嶋の2郡は、都に送る税の米か860余石の記述。山川が峻遠なために、米を輸送するのか非常に困難で、入馬ともに疲れて、輸送費用などか極めて多くかかる。だから、できれば税米に換えて綿や鉄を納めさせてもらいたい。」と美作国から願い出ている記事があるそうです。



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