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ジャンル:文化  

蒜山人の暮らし②

 どっちが田舎なんじゃ~

塩釜に近い丘陵にピット(径90センチメートルほどの袋穴のようなもの)があり、その内外から縄文式土器の細片か発見されました。
 この蒜山盆地は、季節的な、長期間にわたらない・臨時の狩猟採取の場となったようです。このことは、この地帯から発見された遺物が、他の中国山地の地区に比べて、発見地点が非常に多いにもかかわらず、その出土品が極めて少ないことが何よりの証拠だそうです。


次に、この山深い、そして1年の3分の1が厚い雪で覆われている地帯に、人々はどこからやってきたかということである。現存している出土品からだけでは、瀬戸内の海岸平野から旭川をさかのぼって来たか、それとも距離的に近い山陰の海浜地帯からやって来たのかは明らかではありませんが、いずれにしても、この蒜山地方が瀬戸内海文化と山陰文化の接触地帯になったのではないかと推測されています。

蒜山の方言は、一番近い湯原とでも大きく異なります。 ~じゃーとかいういわゆる岡山弁は全く使いません。どちらかというと山陰、鳥取県中部の言葉に近いと思います。 筆者などは高校時代を勝山町で過ごしたものですから、勝山や久世の同級生などから田舎者扱いされて肩身の狭い思いをしたことがございます。 
みんな田舎もんだったんだなーと思うこのごろです。

写真は蒜山の盆踊り(大宮おどり)の一コマです。 筆者は昔は踊れましたが、今は忘れてしまいました。 筆者はもう青年という年ではないのですが、毎年、8月15日頃になると、写真上にぶら下げる飾り物を作りに行きます。 大して作業をせずに、朝からビールを飲んでなんとか間に合うという楽しい時間が過ごせます。

投稿日2007年03月01日 14:05


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