| 第三章 若き日々
新山通江先生からのお便り
佐々木聖画伯様
ロマンティナー会長
鮮やかな記憶の箱の中のナレーション、画展のシーンの一つ一つを巻き戻しながら、それは信じ難い祝福の光景です。
ベートーベンの第九のあとに聞いた言葉ですが「われわれは究極の苦しみを経て歓喜を得るために生まれてきたのです」沢山ありますが、最初に思い浮かんだのがこの短かい言葉でした。
蛇足をおゆるし頂くなら、苦難が大きければ大きい程、その歓喜は雲の果てまで届く・・・・。
見事、それを実践あそばして絵画のベートーベンにおなりでしたね。決して御自身を見捨てたまわず栄光をものにされました。歓声は高く高く昇って、だからこそ肉耳には届かず、いや、幾百倍ものオクターブですから肉耳を越えてと言い替えるべきでした。
それらはみな永久に滅びることのない御染筆、そしてその中には写真を越えた純粋一路の想いが満ちていますことも思い知りました。
何という凄まじい歓喜でしょうか!お疲れも並大抵ではございますまいから御休養も充分おとりいただきたいと願っています。申し遅れましたが、ありがとうございます。
大きな肖像画を頂戴するなんてほかにそんなお人があるとも思えません。勿体ないことです。しばらくはせまくとも家に飾らせて頂いて資料館とかできましたら由緒書と共に、そちらに移させて頂くとか、あれは私の生涯で一ばん霽れがましい表情(全国商工中金主催、講演会場は船場ですもの)ですから、悦びこの上もございませんし、感謝この上もございません。
私の生存中は傍で眺めていたい欲張りの私ですが、でもこれには抱えきれないほどの多くの思いが詰まっていますからね、本当に、本当に、本当にありがとうございます。
三舩愛子さま(猪川写真館の)が大層感謝されてもっとお話したかったよし。いま一つ、あの日、あそこに訪ねてきながら遠慮して帰って行った塾のセンセイが私の画に貼付してありました説明書のコピーを頂きたいよし。
御面倒をおかけ申し上げますが6月末頃、未来中心に行きますので、お預けいただければとの事でした。この人は「よりん彩」を尋ねるおつもりなのです。
思いは迸り止みませんが、残数がつきました。では、これで、感謝と共に。
佐々木聖画伯 おんもと
新山通江
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