刊行によせてごあいさつ目次本文(随時追加)本書『浪漫』の購入をお考えの方へお問合せ・ご意見 最終更新日:2006年4月20日

 

佐々木さんの友人で、
執筆を支援した藤井さん
私は、「仕事」即「人生」というようなワーカーホリックであったが、体調を損ねて、リタイアし、無為に過ごす時間の長さと所在の無さに疲れ、それまで考えたこともなかった「プログラムのない人生」の儚さを痛感していた。

「曜日のない毎日」に、気力も、意欲も失せて、何事に対しても、消極的な発想しか湧かず、大げさに言えば、生きる望みも消え果たような感、仕切りであった。「老後の人生」という表現は多く見るけれども、実際にその年齢に到達して見ると、「定年後」を意識して準備したことはさして心を楽しませるものではなく、無聊を託つばかりであった。
佐々木さんの作品 『点灯する女』

佐々木氏の個展は、かねて、氏から丁重な御案内を頂いていたが、出不精を決め込んでいたところ、旧知のロマンティナーの梶井さんから「迎えに行きましょうか。」と、ご親切なお誘いまで頂戴し、参上したのであった。会場の「未来画廊」という、氏が名付けたのではないかと思われる、聞きなれない名称を気に懸けながら、伺って見て、一驚した。

「倉吉未来中心」の研修室などが並ぶ廊下を、画廊に仕立てて、F100号というような大作が飾られ、かの有名なゴヤの「マハ」二作までが掲げられていた。総数26点の絵画と3点の書が見事な額に納まっていた。

氏が、不幸にして、平成元年に、新大阪駅で、用務の最中に、「脳梗塞」を発症し、爾来、そのリハビリに励み、、幼少からの夢であった「絵画の世界」に再起を託して、精進され、今日の復活と素晴らしい作品の数々を実現された「身体」と「精神」の葛藤の経過が如実に、示されていた。

大作が故に、「倉吉未来中心」の廊下幅では、画との距離が近過ぎて、効果が今一つと思われたが、配置もいろいろ工夫してあり、他の展覧会に比肩する立派な個展であった。セロテープを使用すると壁面が痛むということから、額の下に、美しい文字で書かれた文章が貼り付けられていた。

読んでみると、氏の画についての想いや再起への道程、若き日の思い出など、素晴らしいエッセイが、画と関連していたり、脈絡なく、空いた場所にと、貼られていた。額縁の下の貼付であるため、中腰でないと読めず、折角の名文も味読しにくく、残念であった。会場での嬉しくも楽しい氏との語らいの中で、経費の増大は、共に、年金族として望むべくもないので、不肖が、パソコンで入力して、出来れば仮称「作品集」を、次の11月下旬に予定されている「パートU」に間に合うよう、作成してみようではないかということに発展した。

氏とは、旧制の倉中、3年生以来の「竹馬の友」であり、この歳になるまでには、親しくなったり、離れたりといろいろな思い出が山のようにあるけれども、今回の「作品集」作成の作業を通じての氏との交流は、お互いの人生を前提としてのしみじみとした珠玉の時間であり、毎日の氏と会う打ち合わせの時間が、とても待ち遠しい。
 
 
 

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