四つ塚古墳群は、中国山地に囲まれた蒜山盆地の旭川左岸域の段丘上に築かれた、大小16基から成る古墳群です。古墳時代後期の紀元500年ころ、19基の古墳が次々と築かれましたが、現存するのは16基です。中でも古墳群の南側に東西方向に横一列に並んだ4基の古墳が特に大形で目立つことから、古くから「四つ塚さま」と呼ばれて地元の人に親しまれてきました。

 蒜山盆地には全部で170余りの古墳がありますが、その中でも四つ塚古墳群は最大の規模を誇り、山間盆地の古墳群としてはまれに見る雄大な規模の一大古墳群として考古学上でも注目を集め、国指定史跡に認められました。現在は「四つ塚史跡公園」として古墳を散策する遊歩道をはじめ広場や休憩所などが整備されています。







◆全体像
 四つ塚古墳群は、蒜山盆地の東寄り、下蒜山の裾野がゆるやかに南下して沖積地に移る手前の末端部にゆったりと広がっています。南側に東西方向に並んで位置する1号から4号の4基の円墳が、いずれも直径が30メートル前後もあり特に大形であることから、古くから「四つ塚古墳群」と呼ばれてきました。その総数は、小墳や消失した古墳を含めて19基、現存するのは16基です。そのうち埋葬主体や副葬品が明らかになっているのは1号と13号の2基のみです。

 四つ塚古墳群の特徴として、まず、直径20メートル以上の大形の古墳を主体とした古墳群であることが挙げられます。形態はすべて円墳ですが、13号と14号の2基には台形の造出しがつき、前方後円墳の前方部に形が似ています。埴輪が発見されているのは13号の1基のみ。埴輪を飾る風習は、横穴式石室が普及するころに失われています。四つ塚古墳群に埴輪のある古墳とない古墳とが存在していることから、埴輪の風習がなくなりつつある時期に古墳群が造営されたことがわかります。 こういった特徴や遺物などから、四つ塚古墳群が、古墳時代後期のはじめごろの比較的まとまった期間内に造られたこと、その時期における盆地内で最有力の古代家族による共同の墳墓地であったことがわかります。







◆1号墳
1号墳は、直径27メートル、高さ約4メートルの円墳です。横穴式石室をもち、遺体の安置されている玄室に通じる羨道は北を向き、羨道入り口の両側に1本ずつの細長い石を立てて羨門としています。玄室の規模は長さ5メートル、幅2メートル、高さ2・3メートル。壁は50〜60センチメートルの石材を横長に積み、石の間には小石が詰められているほか、灰色の粘土が充填されています。壁や天井の石にはほとんど角のない石が使われ、表面にはだいだい色の顔料が全面に塗られていました。








◆13号墳
 13号墳は、径約20メートル、高さ約2・3メートルの円丘に台形の造出しがついた、造出し付円墳です。周囲には幅約5・2〜6・5メートル、深さ約50〜60センチメートルの濠が巡っています。墳裾周辺に円筒形埴輪壺形埴輪が巡らされていたほか、墳頂と造出しのくびれ部付近から、鶏・馬・人物・家などの形象埴輪が発見されました。墳頂下約80センチメートルと約135センチメートルの2ケ所に箱形木棺を直接埋めた埋葬跡が見られ、多数の副葬品が発見されました。造出しや埴輪から、1号墳よりもやや古い時期に造られたことがわかります。