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記事掲載者:三原 政人さん

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ジャンル:農産物  

 蒜山大根の種まき始まる

 1 蒜山大根の種まきが始まりました。天候にもよりますが、種まきより60日で収穫できるようです。蒜山原は火山灰土で、これが蒜山大根がヒットした大きな原因と言われています。
 2 蒜山大根の歴史
   (あ) 蒜山原はもと陸軍の演習地でした。そこに入植されたかたがたの中に、なんとか現金収入を得ようと数人で、昭和25年に津山に大根を出荷されたそうです。これが予想外の高値で売れ、みんなで喜び合ったとのことでした。ところが「お前らこの全国の食料難のとき、主食以外のものを作るとは何事か」と指導監督の県の役人にしかられた、と関係者が話してれました。

 わたしたちは、後年この蒜山の大産業のもとを作ってくれたこれらの人々の 顕彰碑を作らないとそのうち、だれが始めたかわからなくなると言いました。
ところが、「どこが早いかわからん、ひょっとしたら川上の方かも」の言葉などの有る中で、顕彰碑の話はいつしか立ち消えになりました。結局昭和25年ごろ蒜山大根の生産は誰かによって始まったぐらいにしかわかりません。
   (い) それかれ10数年後、いまから30数年前、蒜山地方は空前の大根景気に湧きました。公務員であろうが無かろうがその集落の人はみんな大根を作りました。
     その馬力はまさに驚異で、大根御殿のはなしなどごくふつうで、蒜山地方に多くある選果場はどこもフル操業、聞けば4t車で毎日60台を越す車が、京阪神、中四国地方に出荷されたとのことです。原因の一つは新しい土地なら単位面積あたりの高収穫がえられるという作物共通の性質が大いに役だったようです。
   (う) ところが、今見渡してみると、この集落にもあの集落にも、大根を 作っている農家は一軒もない、これはある作物の栽培の歴史の中で、特筆すべきことでしょう。
 3  大根栽培の衰退 衰退の大きな原因は社会の変化です。
    その大きな原因に一つは高齢化。農業そのもの止める人、高齢化でなくても大根は重いので もっと軽い野菜を作りたいということになります。
    農家の跡をついで大根を作ろうかという人も聞きません。蒜山大根の復活の基礎はすでに失われ、再びよみがえることは無いでしょう。
                                三原 政人

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 写真 大根の歴史の映像はありませんが上の(い)の後半に使われだした種まき機の紹介
     をします。写真上から

    (1)トラクターに、赤い種まき機を装着しているところ。この機械の開発は、蒜山地方の大根
      の生産の増大に決定的な影響をあたえ、また、農民を重労働から開放した革命児

    (2)後ろからみた種まき機 自動的にフイルムをはり、フイルムの穴を感知して種を落とし
       種をかくし、作業が順調にいっているかどうかを信号音で知らせる優れもの。

    (3) 作業は順調 2人一組で後ろの人がフイルムに重しの土を掛ける。主人が横を向いて
       下手に運転したのでフイルムが曲がり、後ろのおくさんに尻を鍬でつつかれたとかお 

投稿日2008年04月16日 13:48


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