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    <title>蒜山・大山新発見伝</title>
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    <updated>2008-05-21T05:01:18Z</updated>
    <subtitle>本当の蒜山の良さ、あまり知られていない蒜山の姿を知っていただきたくて掲載しています。</subtitle>
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    <title>「ポンデベルデ2008」行われる</title>
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    <published>2008-05-21T04:02:36Z</published>
    <updated>2008-05-21T05:01:18Z</updated>
    
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        <name>muraoka</name>
        
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            <category term="こぼれ話" />
    
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        これは今年4月12，13日に行われたクラシックカーによるツーリングの名称です。ここの本部は神戸市にあり、たとえば阪神淡路大震災のときなど、チャリティショーに大活躍をされたそうです。
        <![CDATA[<p>平成12年には蒜山方面へのツーリングもおこなわれたとか。先月のツーリングは神戸を出発し、蒜山から湯原温泉泊の計画で行われているようでした、「蒜山大山ウオーカー」は、2008、4、10日に4月分のべつの記を出していたので、この記事は今月にまわして　出させてもらうことにしました。なおクラシックカーの説明はどこからもうけず、私に解説の素養などあろうはずも無く、写真の一部のみで失礼します（蒜山高原センターにて撮影</p>
<p>&nbsp;<img height="150" alt="PICT0025.jpg320.jpg" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/PICT0025.jpg320.jpg" width="200" /></p>
<img height="150" alt="PICT0042.jpg320.jpg" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/PICT0042.jpg320.jpg" width="200" />
<p>&nbsp;</p>
<img height="150" alt="PICT0027.jpg320.jpg" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/PICT0027.jpg320.jpg" width="200" />
<p>&nbsp;</p>
<img height="150" alt="PICT0035.j320pg.jpg" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/PICT0035.j320pg.jpg" width="200" />
<p>&nbsp;</p>
<img height="150" alt="PICT0049.JPG" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/PICT0049.JPG" width="200" />
<p>&nbsp;</p>
<img height="150" alt="PICT0053.jpg320.jpg" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/PICT0053.jpg320.jpg" width="200" />]]>
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    <title>　蒜山大根の種まき始まる</title>
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    <published>2008-04-16T04:48:54Z</published>
    <updated>2008-04-16T05:05:07Z</updated>
    
    <summary><![CDATA[&nbsp;1　蒜山大根の種まきが始まりました。天候にもよりますが、種まきより6...]]></summary>
    <author>
        <name>muraoka</name>
        
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            <category term="農産物" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/">
        <![CDATA[&nbsp;1　蒜山大根の種まきが始まりました。天候にもよりますが、種まきより60日で収穫できるようです。蒜山原は火山灰土で、これが蒜山大根がヒットした大きな原因と言われています。 <br />&nbsp;2　蒜山大根の歴史<br />&nbsp;　　（あ)　蒜山原はもと陸軍の演習地でした。そこに入植されたかたがたの中に、なんとか現金収入を得ようと数人で、昭和25年に津山に大根を出荷されたそうです。これが予想外の高値で売れ、みんなで喜び合ったとのことでした。ところが「お前らこの全国の食料難のとき、主食以外のものを作るとは何事か」と指導監督の県の役人にしかられた、と関係者が話してれました。]]>
        <![CDATA[<p>　わたしたちは、後年この蒜山の大産業のもとを作ってくれたこれらの人々の 顕彰碑を作らないとそのうち、だれが始めたかわからなくなると言いました。 <br />ところが、「どこが早いかわからん、ひょっとしたら川上の方かも」の言葉などの有る中で、顕彰碑の話はいつしか立ち消えになりました。結局昭和25年ごろ蒜山大根の生産は誰かによって始まったぐらいにしかわかりません。<br />&nbsp;　　（い）　それかれ10数年後、いまから30数年前、蒜山地方は空前の大根景気に湧きました。公務員であろうが無かろうがその集落の人はみんな大根を作りました。<br />&nbsp;　　　　その馬力はまさに驚異で、大根御殿のはなしなどごくふつうで、蒜山地方に多くある選果場はどこもフル操業、聞けば4ｔ車で毎日60台を越す車が、京阪神、中四国地方に出荷されたとのことです。原因の一つは新しい土地なら単位面積あたりの高収穫がえられるという作物共通の性質が大いに役だったようです。<br />&nbsp;　　（う）　ところが、今見渡してみると、この集落にもあの集落にも、大根を　作っている農家は一軒もない、これはある作物の栽培の歴史の中で、特筆すべきことでしょう。<br />&nbsp;3　　大根栽培の衰退　衰退の大きな原因は社会の変化です。<br />&nbsp;　　　その大きな原因に一つは高齢化。農業そのもの止める人、高齢化でなくても大根は重いので　もっと軽い野菜を作りたいということになります。<br />&nbsp;　　　農家の跡をついで大根を作ろうかという人も聞きません。蒜山大根の復活の基礎はすでに失われ、再びよみがえることは無いでしょう。<br />&nbsp;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　三原　政人</p>
<img height="150" alt="P1030274.jpg,320.jpg" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/P1030274.jpg%2C320.jpg" width="200" />&nbsp;&nbsp;
<p><img height="150" alt="P1030279.JPG" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/P1030279.JPG" width="200" /> </p>
<p><img height="150" alt="P1030282.jpg,320.jpg" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/P1030282.jpg%2C320.jpg" width="200" /><br />&nbsp;写真　大根の歴史の映像はありませんが上の（い）の後半に使われだした種まき機の紹介<br />&nbsp;　　　　をします。写真上から</p>
<p>&nbsp;　　　（1）トラクターに、赤い種まき機を装着しているところ。この機械の開発は、蒜山地方の大根<br />&nbsp;　　　　　の生産の増大に決定的な影響をあたえ、また、農民を重労働から開放した革命児</p>
<p>&nbsp;　　　（2）後ろからみた種まき機　自動的にフイルムをはり、フイルムの穴を感知して種を落とし<br />&nbsp;　　　　　　種をかくし、作業が順調にいっているかどうかを信号音で知らせる優れもの。</p>
<p>&nbsp;　　　（3）　作業は順調　2人一組で後ろの人がフイルムに重しの土を掛ける。主人が横を向いて<br />&nbsp;　　　　　　下手に運転したのでフイルムが曲がり、後ろのおくさんに尻を鍬でつつかれたとかお　</p>]]>
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    <title>雪　国　の　生　活</title>
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    <published>2008-03-04T02:57:11Z</published>
    <updated>2008-03-04T03:34:13Z</updated>
    
    <summary>1　　岡山県というと、雪国とはだれも想像しません。たいてい瀬戸内海とかマスカット...</summary>
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        <name>muraoka</name>
        
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            <category term="自然" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/">
        <![CDATA[<p>1　　岡山県というと、雪国とはだれも想像しません。たいてい瀬戸内海とかマスカットなどを連想されるようです。しかし蒜山は日本海型気候で、平野に常時1ｍぐらいの積雪は話題にもなりません。また　蒜山は高原であることと、冬の季節風の影響で、年平均気温は山形市と秋田市にもっともよく似ていて、瀬戸内型気候とはまったく異なります。</p>
<p>2　ではその蒜山の冬の生活の一端を紹介しましょう。<br />　<br />写真を上から説明順にごらんください。</p>]]>
        <![CDATA[<img height="150" alt="IMG_4863.jpg320.jpg" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/IMG_4863.jpg320.jpg" width="200" align="left" />
<p>○大根・・・昨年の晩秋に生けておいた大根を、ほりだしているようすです。積雪は1,5ｍはあるでしょうか。地中に生けるよりほかに、冬のいい保存方法はないそうです。<br />　　<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><img height="150" alt="P1030085.jpg320.jpg" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/P1030085.jpg320.jpg" width="200" align="left" /> ○白菜・・・これは新聞紙にくるんで、屋内に積んでおきます。一般に野菜はよくしたもので、冬になると糖度が増し、凍結する心配は無いようです。</p>
<p><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><img height="150" alt="IMG_4780.jpg320.jpg" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/IMG_4780.jpg320.jpg" width="200" align="left" /> ○屋根の雪・・・この写真をみると大変な雪が屋根に積もっているようですが、戸の開閉がきしむことはありますが、雪で母屋がつぶれた話は聞きません。蒜山地方では家の柱は12センチ(4寸角）が主に使われ、（雪の少ない地方では９センチが多いとか）それだけ雪に耐えるように設計されているようです。</p>
<p><br /><br /><br /><br /><br /><img height="150" alt="P1030027.jpg320.jpg" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/P1030027.jpg320.jpg" width="200" align="left" /> ○塩釜の雪・・・塩釜の写真を撮ろうと思って、池までスキーで行きました。道から往復３０分もかかりました。片方のスキーを地面までさしてみると１３０センチはありました。</p>
<p><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><img height="150" alt="P1030093.JPG" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/P1030093.JPG" width="200" align="left" /> ○かんじき・・・深雪のスキーはたいへん歩きにくく、とくに登りは苦労です。そこでかんじきのことを考えてみました。かんじきは昔は雪国で生活するものにとっては必需品で、どこの家にもありました。しかしどこにも売ってないのであきらめていたのですが、　しんしん　という蒜山で新しく開店した店でこれを発見し、よろこんで買ってかえり、試してみました。装着は簡単だし木で軽く雪もつかないし1200円は手ごろ、いつかこれをはいて、蒜山原を歩いてやろうとたのしみにしています。<br /></p>]]>
    </content>
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    <title>蒜山二題　　　　（蒜山三座と鏡ヶ成）</title>
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    <published>2007-11-02T06:07:39Z</published>
    <updated>2007-11-02T06:32:27Z</updated>
    
    <summary><![CDATA[ 蒜山三座&nbsp;　10月23日、快晴の蒜山三座を仲間三人と縦走しました。そ...]]></summary>
    <author>
        <name>muraoka</name>
        
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/">
        <![CDATA[<img height="150" alt="P1020404.JPG" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/P1020404.JPG" width="200" align="left" /> 蒜山三座<br />&nbsp;<br />　10月23日、快晴の蒜山三座を仲間三人と縦走しました。そのとき、紅葉はほとんどみることはできず、紅葉は11月になってからだなあと話あいました。<br />&nbsp;<br />　それから私は重大なことを忘れていました。いつものつたない記事ですがご覧いただく方の中には　「蒜山の紅葉はいつごろがいいだろうか」と思われる方も居られるかも知れないということです。上の話のことを早く記事にすればと後悔しています。<br />&nbsp;<br />　蒜山三座は今紅葉の真っ最中で後数日はもつでしょう。<br />なお縦走は朝からなら、道の露の関係上、上蒜山からがいいでしょう。なおはやい人で6,5時間、普通7,0時間ぐらいです。]]>
        <![CDATA[<img height="150" alt="P1020415.jpg.320.jpg" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/P1020415.jpg.320.jpg" width="200" align="left" />
<p>鏡ヶ成<br />&nbsp;<br />今朝紅葉の状態を皆さんにお知らせするため、鏡ヶ成まで行ってきました。鏡ヶ成で朝7時、気温5度寒かったです。<br /><br />　蒜山と同様紅葉の真っ最中でしたが、下のほうはまだまだでした。一般的に言って、紅葉の美しいのは5年に一度といはれますが、今年も平均的ではあるようでした。<br />&nbsp;<br />写真　すべて紅葉の状態をお知らせするために撮りましたが、曇天，早朝でいいものは撮れませんでした。最後の昨年上蒜山から下山中のものです。<br /></p>
<img height="150" alt="P1020408.jpg320.jpg" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/P1020408.jpg320.jpg" width="200" /><br /><br /><img height="150" alt="P1020411.JPG" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/P1020411.JPG" width="200" /><br /><br /><img height="150" alt="30111809.320jpg.jpg" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/30111809.320jpg.jpg" width="200" />]]>
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    <title>真庭市蒜山振興局開所式行われる</title>
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    <published>2007-10-16T05:16:03Z</published>
    <updated>2007-10-16T05:27:46Z</updated>
    
    <summary>さる10月13日、蒜山振興局開所式が盛大におこなわれました。開所式にいたるまでの...</summary>
    <author>
        <name>muraoka</name>
        
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            <category term="蒜山" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/">
        <![CDATA[<p>さる10月13日、蒜山振興局開所式が盛大におこなわれました。開所式にいたるまでの、簡単ないきさつを報告します。<br />&nbsp;<br /><img height="150" alt="PICT0061.jpg320.jpg" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/PICT0061.jpg320.jpg" width="200" align="left" border="5" /> 1　市になるための基本条件として、本所から遠はなれることになる旧川上、八束、中和の住民の利便性を考えて、蒜山振興局を建設するという決議が合併協議会でなされていたこと。<br />&nbsp;<br />2　平成18年1月、建設地についての地元の了解が得られたこと。<br />&nbsp;<br />3　平成18年6月、入札　　庁舎新築工事は約4億8千万円で落札。蜂谷工業(株）、母里建設（株）の共同企業体による新庁舎工事始まる。</p>
<p>4　総事業費　　庁舎新築工事、用地買収費、土地造成費、設備備品費等総事業費約7億円。<br /></p>]]>
        <![CDATA[<img height="150" alt="PICT0082.jpg320.jpg" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/PICT0082.jpg320.jpg" width="200" align="left" />
<p>&nbsp;<br />5　財源　国庫支出金、地方債が主。<br />&nbsp;<br />6　筆者の見た感じ　　広い敷地、（約1.7ｈａ）　地味な木造平屋建て。内部も木材が多く使われていること。蒜山三座のまん前であること。内部も外部も　、総合的にすばらしい庁舎であると感じました。<br />&nbsp;<br />7　同じく聞いたこと。　旧川上村役場、中和村役場はこの庁舎が使用され始めたら、完全に機能を停止しますかと尋ねたら、当分の間は最小限の人員は配置するようになるだろうとのお答えでした。</p>
<img height="150" alt="PICT0090.jpg320.jpg" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/PICT0090.jpg320.jpg" width="200" align="left" />
<p>写真は上から（1）　当日の玄関にて　　　（2）式場にて　功労者の表彰<br />　　　　　　　　（3）　予定　事務室<br /></p>]]>
    </content>
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    <title>とうもろこし（スイートコーン）と蒜山</title>
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    <published>2007-06-25T06:58:28Z</published>
    <updated>2007-06-25T07:09:58Z</updated>
    
    <summary>蒜山に生まれ、現在も毎年40アール(1200坪）のとうもろこしを、老妻とともに栽...</summary>
    <author>
        <name>muraoka</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/">
        <![CDATA[蒜山に生まれ、現在も毎年40アール(1200坪）のとうもろこしを、老妻とともに栽培している私が見聞し実行したとうもろこしのことを、書かしてもらうことを光栄に思います。<br />&nbsp;<br />1　少年の日の思い出<br />　私は昭和一けた生まれ、少年の日に見たとうもろこしのことを、おはなししましょう。当時のとうもろこしは一本のとうもろこしでも皮をむいてみると黒、灰毛、白などのように粒のいろがまちまちのもあり、厳密に言うとそれぞれの粒の味が違うのです。とうもろこしぐらい、よく交雑するものはないそうですが、その意味が今はよくわかるようです。<br />&nbsp;<br />　田舎ではとういもろこしなどどこにも売ってありませんでした。蒜山ではとうもろこしは、畑の四周にうえるのがふつうでした。<br /><br />たべかたは「焼く」のがふつうです。味は？<br />　いまのものと比較したら、気の毒なぐらいお粗末なものでした。とうもろこしの味の大切な点は「適期に収穫する」これが絶対条件ですが、食べたい一心で未熟なものを畑からとってきたり、牛や馬でないとよろこばないほど成熟したものをたべたり、品種改良などの考えのあろうはづもなかったからでしょう。<br />　<br />&nbsp; それでも　あめ一個も店で売ってない時代、おとなでも子供でも、とうもろこしは田舎の夏のおやつのチャンピオンであったことはまちがいありません。<br />&nbsp;<br />2　　スイートコーン（おいしいとうもろこしの意味）<br />　蒜山地方でスイートコーンの栽培が始まったのは、いまから30年ほど前、水田の休耕の転作品種として、当時の農協が推薦したからだと言はれています。<br />&nbsp;<br />そのスイートコーン在来種よりまったくことなるものでした。在来種より断然甘い、まさにスイートコーンです。<br />　これは、在来種より種の取り扱いが全く違います。在来種は何のことは無い昨年の種を保存しておいて今年蒔けばいいのですが、これは家庭でそんなことをしても満足なとうもろこしに生育しません。<br />　<br />&nbsp; その理由は、スイートコーンは、いわゆるバイオテクノロジーによって、そのほとんどがアメリカの種子会社によって生産された雑種第一代だからです。<br />（ＤＮＡ　ジェームス　Ｄ　ワトソン講談社Ｐ235ほか）<br />&nbsp;<br />　この先端技術はおもにアメリカで開発されたものであること、その花粉は2ｋｍぐらい飛び散り、他の種類と交雑するので、アメリカのような広大な土地でないと満足な種子は獲られないなどの理由によって、蒜山の農家も100％アメリカ産の種子を毎年買っているのが実情です。<br />&nbsp;<br />3　　おいしいとうもろこしの食べ方と見分け方<br />&nbsp;<br />（あ）食べ方<br />　　　「鍋に湯をわかしておいて畑にとうもろこしを取に行け」昔から蒜山に伝わる格　　言です。<br />　　とうもろこしは時間の経過とともにシンが甘みを吸収する性質があります。入手したらなるべく早く食べること。直前まで皮はむかず、冷暗所におくことなどです。<br />&nbsp;<br />（い）見分け方<br />　　　袋（皮）の外見が新鮮なものであること。せんたん（写真の髪のほうすなわち頭　　のほう）をつまんでみて中のつぶがゴツゴツとかんじららるものなどです。<br />&nbsp;]]>
        <![CDATA[<img height="150" alt="IMG_7251.320jpg.jpg" src="http://www.hiruzendaisen.com/bunka/IMG_7251.320jpg.jpg" width="200" /> 写真1　頭のほうを、皮はむかずにさわってみて判定する<br /><img height="150" alt="IMG_7241320.jpg" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/IMG_7241320.jpg" width="200" /> 2　とうもろこし畑　　出荷に合わせて数日間隔でたねまき<br /><img height="150" alt="IMG_7242.320jpg.jpg" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/IMG_7242.320jpg.jpg" width="200" />&nbsp;3　トラクターにて耕し、フィルムをはる<br /><img height="150" alt="IMG_7247.320jpg.jpg" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/IMG_7247.320jpg.jpg" width="200" /> 4　植え付け　種は高価、このようなものに蒔き、大切に育て畑に移す<br /><br />今日も読んでいただきうれしいです。三原政人]]>
    </content>
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    <title>観光回廊真庭　ゆったりウオーク2007</title>
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    <published>2007-05-30T06:01:45Z</published>
    <updated>2007-05-30T06:30:08Z</updated>
    
    <summary> 1はじめに5月26日（土）、27日（日）「観光回廊真庭ゆったりウオーク2007...</summary>
    <author>
        <name>muraoka</name>
        
    </author>
            <category term="自然" />
            <category term="蒜山" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/">
        <![CDATA[<img height="150" alt="PICT0110.jpg320.jpg" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/PICT0110.jpg320.jpg" width="200" align="left" />
<p>1はじめに<br /><br />5月26日（土）、27日（日）「観光回廊真庭ゆったりウオーク2007」が行われました<br />そのなかで、蒜山を中心とした5月26日について、報告します。<br /><br />もともと蒜山では　ツーデーマーチという名で広く知られた行事がありました、しかし町村合併により真庭市となった以上蒜山だけということではなく、真庭市の他の地域の行事にあわせ、今日の題名のようにツーデーマーチの再編が行われました。<br />それが今日の行事「ゆったりウオーク」です。なお２７日には勝<img height="150" alt="PICT0124.jpg320.jpg" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/PICT0124.jpg320.jpg" width="200" align="left" /> 山、湯原、美甘地区のそれぞれのコースのおいておこなわれます。<br /><br />2　５月２６日のこと<br /><br />蒜山も「新緑が身にしみる」の好時期なのですが、当日は全国的な黄沙にみまわれ出発時点で蒜山三座はよく見えなったのは残念でした。<br />当日はつぎの3つのコースに分かれて行われました。</p>
<p>Ａ　コース　　蒜山山麓・牧場コース（13ｋｍ、蒜山三座の東西の端から端まで歩く）<br />Ｂ　コース　津黒里山自然ふれあいコース（15ｋｍ、里山の風情を残す<img height="150" alt="PICT0125.jpg320.jpg" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/PICT0125.jpg320.jpg" width="200" align="left" /> 津黒高原へ)<br />Ｃ　コース　蒜山のんびりコース（5・10ｋｍ、体力にあわせて、気軽に、ファミリー向き<br />事前申し込み者数　Ａコース238人　Ｂコース１２７人　　ｃコース１７６人<br />&nbsp;<br />　　　　　　　　　　　　合計５４１人<br />２日間の参加希望者数を県別で見ると、岡山県が約60％　以下鳥取、兵庫とつずくとのことでした。<br />また参加費は大人1500円、小中学生８００円だそうです。<br />写真は上より<br />　1　蒜山スポーツ公園での開会式の模様<br /><img height="150" alt="PICT0132.jpg320.jpg" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/PICT0132.jpg320.jpg" width="200" align="left" /> 　2　みんなゼッケンをつけて<br />　3　年齢別に見ると、５歳より８０歳までの方がエントリーされたそうです<br />　4　最後尾覚悟でワンチャンと一緒に<br />ごらん頂き、ありがとうございました。<br /></p>]]>
        
    </content>
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    <title>　井　手　あ　げ</title>
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    <id>tag:www.hiruzendaisen.com,2007:/mihara//5.1213</id>
    
    <published>2007-04-26T03:54:53Z</published>
    <updated>2007-04-26T03:53:52Z</updated>
    
    <summary><![CDATA[（写真1）&nbsp;&nbsp;井手とは「水を他に引くための水路」のことです。...]]></summary>
    <author>
        <name>muraoka</name>
        
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            <category term="文化・歴史" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/">
        <![CDATA[<p><img height="240" alt="IMG_6927.320jpg.jpg" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/IMG_6927.320jpg.jpg" width="320" align="left" /><strong>（写真1）<br /></strong>&nbsp;<br />&nbsp;井手とは「水を他に引くための水路」のことです。<br />&nbsp;<br />　私の子供の時には生活用水の確保のための水路は、その家の立地を決定する絶対の要素でした。<br /><br />ビニールパイプという便利なものが無い時代には、朝起きての洗面、炊事洗濯、風呂、あるいはいちどに大バケツ二杯も水を飲む役牛の世話などどれをとってみても水路がそ<br />ばにないと成り立ちません。<br /><br />したがって、集落は井手にそって立地するのが普通でした。<br />&nbsp;<br />　さて、稲作とその井手はどのような関係にあっただしょうか。それは水田の位置、あるいは山際の一戸の住居などそれぞれ異なりますが、一般には蒜山では生活用水路は昔も今も水田用水路を兼ねているわけです。<br />&nbsp;<br />　田植えが近ずくと、その準備として日ごろの生活用水路に、その何倍もの水田用水を引き入れます。これを「井手あげ」といって年中の大切な行事なのです。<br />　具体的な手順を、わたしのすむ蒜山下福田の約５０ヘクタールの水田用水について説明しましょう。水の取り入れ口は旭川の本流からです。　</p>]]>
        <![CDATA[<p><img height="240" alt="IMG_6923.320jpg.jpg" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/IMG_6923.320jpg.jpg" width="320" align="left" /><strong>（写真2）</strong><br /><br />今日は４月２２日(日）　井手総代の指揮のもと、約３０人が動員され作業開始。<br />　　　（用水路は完全にストップされるので、鯉を飼っている人には別途連絡あり）<br />作業は次のようにわかれます。<br />&nbsp;<br />1　用水路の清掃。近年水路の真んに水生植物が異常発生。水の「富栄養化」<br />　　とのことです。（写真１）<br />&nbsp;<br />2　上流の土砂が水路の交差点に毎年流入し、その除去は大変（写真2）<br />&nbsp;<br />3　旭川より取水工事。（写真3）　コンクリートのいせきはすでに作られていて、そのあいたところに１０センチ、３メートルぐらいの角材を数本ずつ、たてに並べて完了。<br /><img height="240" alt="IMG_6934.320jpg.jpg" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/IMG_6934.320jpg.jpg" width="320" align="left" /><strong>（写真3）</strong> <br /><br />水門を空けると、水は勢いよく水路に流入します。(昔はコンクリートのいせきは無く川に木のクイを打ち、それに木のえだでせきをつくたり、<br /><br />石を集めていせきをつくたりしていましたが、そんなチャチなものは少し川の水がふえるとパア。難儀なことこれに勝るは無しの状態でしたが、いくらこわされても、こればかりはすぐ修理しなければでした）<br />&nbsp;<br /></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><br />少年の日の思い出<br />&nbsp;<br />　用水路にそって　「つかい川」　というその家専用のすこし水路がひろくしてある家もありました。そこには毎日使うなべ、茶碗などを水につけてありました。小魚がそれらのなかにはいって、残り物の争奪戦　をよくやっていました。また風呂水はその水路からバケツで汲んでいましたので、風呂が湧いたときにはその風呂に小魚が何匹も浮いていることもよくありました。<br />　<br />&nbsp;この井手あげの時には、うなぎコイそのたの大物のさかながいくらでも捕れました。<br />なかには井手仕事よりそのほうに熱中する人もいました。<br />　<br />&nbsp;今日22日の作業中小魚一匹でも見た人はいないでしょう。旭川にさしだしている大きな山桜の花吹雪のなか、いくらでもつれた魚のことは遠い昔となりました。いまこの付近の旭川でつりをする人は絶無で、完全な「死」の川になってしまいました。<br />読んでいただきありがとうございました。<br /></p>]]>
    </content>
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    <title>世にも恐ろしい風景</title>
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    <published>2007-03-28T00:22:24Z</published>
    <updated>2007-04-23T02:59:28Z</updated>
    
    <summary>それは4月のある休日の午後でした。いつものように、妹はわたしの背にいました。大き...</summary>
    <author>
        <name>三原 昌代</name>
        
    </author>
            <category term="こぼれ話" />
            <category term="文化・歴史" />
            <category term="蒜山" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/">
        <![CDATA[<img height="150" alt="070328.jpg" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/images/070328.jpg" width="200" align="left" />それは4月のある休日の午後でした。いつものように、妹はわたしの背にいました。大きいものは小さいものの面倒を見る、それは私の小さい時の不文律でした。<br />&nbsp;<br />突然　半鐘（今のサイレンのように、緊急事態の発生を知らせるどの集落にもあった釣鐘）が連打されました。火事だ。妹を背負って自分で作ったよれよれのわらぞうりを履き、田畑を横切り現場に近ずいて仰天しました。<br />&nbsp;<br />　火事はさらなる風を呼び、今焼けてゆく何軒かにの家からはがれおちたカヤの一本一本に火がついたものが強風に乗り、あたかも大河のように煙とともにほとんで真横に走り、何百ｍ離れていようがその流れにあるものは民家も道端の枯れ草も、田に散布してあった乾いた堆肥さえ、すべて総ナメにしてゆきました。日でり続きもわざわいを拡大させました。当時の民家も納屋なども、安藤広重の描いているようなカヤぶきでしたので、屋根に火の粉が一つでの飛んできたら、万事休すです。<br />&nbsp;<br />　]]>
        <![CDATA[<img height="150" alt="070328-2.jpg" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/images/070328-2.jpg" width="200" align="left" />とつぜん、その火の大河を横切ろうとした人がいました。行くな　誰かが大声で怒鳴りました。もし渡っていたら髪も服も丸焼けだったでしょう。<br />&nbsp;<br />風はしづまり、長い長い一日は終わりました。私たちの集落の焼けた何軒かの家はまだ赤々と火の海で、まさに鬼火迫るといった感じでした。<br />&nbsp;<br />　注意しろ　と呼びかけている人がいました。何を注意を　　当時の便所は大きな木の桶を　土中に埋めたものがほとんどで、その上に用をたす簡単な装置があるのが普通でした。火事があれが当然その逸物が煮えたぎることになる、やけくそ　というのはそこに語源があるかどうか知りませんが、注意しろというのはその悲惨な経験からそこに落ちるなの言い伝えによるものでしょう。<br />&nbsp;<br />　いま、火事に全く無防備なかやぶき屋根がなくなったのも、火事　とくに類焼がなくなった大きな原因のようです。<br />&nbsp;<br />写真はかやぶき屋根をトタンで巻いた家です。外部からの火には強いですが内部からの火には水の掛けようが無く消火には難儀です。<br /><br />　上の写真は、かやぶき屋根が無くなり、かやの需要が減り、今ではかやは野焼の対象になっています。]]>
    </content>
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    <title>ど　ん　ど　（どんど焼き）</title>
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    <published>2007-02-08T04:03:44Z</published>
    <updated>2007-02-17T06:30:12Z</updated>
    
    <summary> 1　どんどとは　小正月（1月15日）に正月の門松、しめなわなど一定の場所で焼く...</summary>
    <author>
        <name>三原 昌代</name>
        
    </author>
            <category term="こぼれ話" />
            <category term="文化・歴史" />
            <category term="蒜山" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/">
        <![CDATA[<a onclick="window.open('http://www.hiruzendaisen.com/mihara/images/IMG_6601.3201.php','popup','width=320,height=240,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/images/IMG_6601.3201.php"><img height="150" alt="" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/images/IMG_6601.320-thumb.jpg" width="200" align="left" /></a> 1　どんどとは<br />　小正月（1月15日）に正月の門松、しめなわなど一定の場所で焼くことを　どんどと言います。<br />このような習俗はそれぞれの地域によって、そのやりかたはずいぶん異なります。<br />では、蒜山地方ではどんなどんどが行われているかを紹介しましょう。<br /><br />2　その前に<br />　「門松立てて門ごとにーーー」の正月の歌のように、一般には門松を立てて正月かざりをするようですが、蒜山では松はほとんど使わずそのかわり「そよご」（写真）をつかいます。<br />戦後、荒れ果てた山林を復興させるため、多くの植林が行われましたがそのとき若い松を門松にすることを自粛しようということに決まりました。<br />そのきまりが定着しているわけです。そよごは赤い小さな実をつけ、常緑の2～3ｍの雑木で、どこにでもあります。<br />]]>
        <![CDATA[<a onclick="window.open('http://www.hiruzendaisen.com/mihara/images/IMG_6495.320.php','popup','width=320,height=240,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/images/IMG_6495.320.php"><img height="150" alt="" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/images/IMG_6495.320-thumb.jpg" width="200" align="left" /></a> （ア）どんどの朝<br />　今日はどんどの朝です。人々は集落のきまった場所に正月かざりのそよご、しめなわ、古くなった神社のおふだなどをもって集まります。（左写真）のようにその場所は集落の氏神様の敷地が多いようです。<br />&nbsp;<br />（イ）　いよいよ火がまわってきたら正月もちを銀紙に包みんで焼き、それを持ち帰る人もいます。(写真下）これはことしはじめての雷が鳴ったとき、これを食べると雷が落ちないとの言い伝えによるものです。<br />&nbsp;<br />(ウ）　またミカンを丸ごと焼き、それを持ち帰り家中で食べると無病息災が約束されるとのことで、皮のこげたミカンを作る人もいます。<br />&nbsp;<br />（エ）　書き初めの紙を子供が持ってきて、それを火中に投ずると勢いよく燃え上がるが、それが高く上るほど字が上達する、といういいつたえはいろいろな地方にあるそうです。蒜山地方でもよく行われていました。<br />&nbsp;<br />　私たちの集落では私の子供のとき、10人以上のこどもがいましたが、今では今春入学する児童がただ一人だけ、手習いの紙を火中に投ずるどころではありません。長期的にみて集落の存続すら危ぶまれていて、どんどにも確実に時代の波が押し寄せてきているようです。<br />&nbsp;<br />（オ）　どんど　という名称が一般的のようですがその他どんどさん、サギチョなどとよぶところもあるとか。かっては宮中や公家での有名な行事であり、その歴史も古く平安朝の記録にもあるとのことです。（平凡社　世界大百科事典）　読んでいただきありがとうございました。　　　　三原政人<br />&nbsp;<a onclick="window.open('http://www.hiruzendaisen.com/mihara/images/IMG_6596.320.php','popup','width=320,height=240,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/images/IMG_6596.320.php"><img height="150" alt="" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/images/IMG_6596.320-thumb.jpg" width="200" align="left" /></a>]]>
    </content>
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    <title>新年おめでとうございます。</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.shok.co.jp/hiruzen/cgi-bin/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=5/entry_id=1145" title="新年おめでとうございます。" />
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    <published>2007-01-17T01:08:21Z</published>
    <updated>2007-01-23T07:39:02Z</updated>
    
    <summary> 新年おめでとうございます。左の写真は、蒜山の高張山から見た初日の出です。雲のた...</summary>
    <author>
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    </author>
            <category term="蒜山" />
            <category term="観光スポット" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/">
        <![CDATA[<p><a onclick="window.open('http://www.hiruzendaisen.com/mihara/hatsuhinode.php','popup','width=320,height=240,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/hatsuhinode.php"><img height="150" alt="" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/hatsuhinode-thumb.jpg" width="200" align="left" /></a> 新年おめでとうございます。<br /><br />左の写真は、蒜山の高張山から見た初日の出です。雲のため、はっきり太陽が見えないのが残念です。<br /><br />近頃の挨拶は、昨年の豪雪の話題が必ず冒頭に出、次に「今年は雪が少なくていい」と結ぶのが通例のようです。さて今後どうなるか？です。　<br /><br />「冬来たりなば春遠からず」で、蒜山の多くの農家の人々は、雪解け後にそなえて、老化もてつだって、コタツの中で英気を養っておられる方も多いと拝察しました。<br /><br /><br /><br /></p>]]>
        <![CDATA[<table cellspacing="1" cellpadding="1" width="200" border="1">
    <tbody>
        <tr>
            <td><a onclick="window.open('http://www.hiruzendaisen.com/mihara/shinnendaisen.php','popup','width=320,height=240,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/shinnendaisen.php"><img height="150" alt="" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/shinnendaisen-thumb.jpg" width="200" /></a> </td>
            <td>&nbsp;<a onclick="window.open('http://www.hiruzendaisen.com/mihara/shinensanza.php','popup','width=320,height=240,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/shinensanza.php"><img height="150" alt="" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/shinensanza-thumb.jpg" width="200" /></a> </td>
        </tr>
        <tr>
            <td>&nbsp;蒜山東茅部からの大山</td>
            <td>&nbsp;蒜山東茅部からの蒜山三座</td>
        </tr>
    </tbody>
</table>
<br />上の写真は、同じ時に撮影しました。]]>
    </content>
</entry>
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    <title>小学生の見た昭和16年12月8日 -戦争終わる-</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.shok.co.jp/hiruzen/cgi-bin/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=5/entry_id=1126" title="小学生の見た昭和16年12月8日 -戦争終わる-" />
    <id>tag:www.hiruzendaisen.com,2006:/mihara//5.1126</id>
    
    <published>2006-12-22T07:20:56Z</published>
    <updated>2006-12-22T07:39:36Z</updated>
    
    <summary> 昭和１９年から２０年ごろになると、みんなこの戦争は負けるだろうと思うようになり...</summary>
    <author>
        <name></name>
        
    </author>
            <category term="こぼれ話" />
            <category term="文化・歴史" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/">
        <![CDATA[<a onclick="window.open('http://www.hiruzendaisen.com/mihara/ryuku.php','popup','width=320,height=240,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/ryuku.php"><img height="150" alt="" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/ryuku-thumb.jpg" width="200" align="left" /></a> 昭和１９年から２０年ごろになると、みんなこの戦争は負けるだろうと思うようになりました。<br /><br />頼みは日本は神の国だから「神風」が吹く（これは元寇のとき、神風が吹いて元の大軍をやっつけた故事による）というまさに神頼みでした。<br /><br />あとひとつはあのハワイのアメリカの艦隊をやっつけた日本の連合艦隊はどこかに隠れていて、もうぼつぼつ出動するはずだという望みでした。]]>
        <![CDATA[担任の先生はこういわれていました。<br /><br />「日本は絶対アメリカに勝つ。日本人は最後の一人まで戦うから」<br /><br />では、最後の一人が死んだらどうなるかと生意気にも小学生の私はかんがえましたが質問はしませんでした。質問したら鉄拳が飛んでくるだけですから。<br /><br />例の５０円のラジオが、８月１５日正午の放送を聞け、とそれのみをくりかえし繰り返し放送していました。ついにその時間が来、近所のものも集まって聞きましたがいつもの雑音でよく聞けませんでした。<br /><br />しかし、「耐え難きを耐え　忍びがたきををしのび」の玉音放送の文言によりすべてのことを理解しました。<br /><br />そして家で私の仕事である電気のかさに布をかけ、光が外に漏れるのを防ぐ仕事は終わったと思いました。<br /><br /><br />※上記の写真は、リュック（手製）です。アメリカの飛行機が焼夷弾でも落としたら速く逃げるための用意です。]]>
    </content>
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    <title>小学生の見た昭和16年12月8日</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/2006/12/16128.php" />
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    <published>2006-12-14T00:52:21Z</published>
    <updated>2006-12-14T01:17:36Z</updated>
    
    <summary> これは私の小学校3年生のときの思い出です。その日は小春日和のとても暖かい日でし...</summary>
    <author>
        <name></name>
        
    </author>
            <category term="こぼれ話" />
            <category term="文化・歴史" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/">
        <![CDATA[<a onclick="window.open('http://www.hiruzendaisen.com/mihara/pants.php','popup','width=320,height=240,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/pants.php"><img height="150" alt="" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/pants-thumb.jpg" width="200" align="left" /></a> これは私の小学校3年生のときの思い出です。<br /><br />その日は小春日和のとても暖かい日でした。昼過ぎ、自転車から降りた父は「今日アメリカと戦争が始まった」といいました。<br /><br />当時私たちの集落の20戸あまりで、自転車とラジオがある家は1戸しかありませんでした。<br /><br /><br />父は100円の保険金が満期になったということで、50円ずつ出して、自転車とラジオをそれこそ「清水の舞台から飛び降りる」気で買ったそうです。（当時建設作業員の日当は、1円位でした。）]]>
        <![CDATA[<p>そのラジオは雑音がひどく、今なら誰も相手にしないような品物でしたが、なにしろ唯一の情報源ですので近所の人など集まり、雑音の中からニュースを聞こうと真剣でした。<br /><br />ある年配の人が「われわれのような小作人と大地主がけんかするようなもので、日本がアメリカに勝てるわけがない」えらいことになったと言いました。<br /><br />そんなことを大声で言うと巡査に捕まるとのことで、誰もはっきりは言いませんでしたがこの田舎でも、アメリカと日本の国力の差は誰も知り、本当は心配していました。<br /><br />当時の蒜山原には、今の蒜山高校のところと川上小学校のところに兵舎があり、開戦から1年あまりは戦車の響き、大砲、重機関銃、小銃の発射音、夜の照明弾の打ち上げなどにぎやかでした。<br /><br />真珠湾攻撃の大勝利、シンガポールの占領などこの戦争は勝てると福田神社のお礼参りする人も大勢いました。<br /><br />ところが　太平洋戦争は昭和16年12月8日から昭和20年8月15日までの3年余りつずくわけですが、思ったより破局は早く訪れたようでした。<br /><br />あれほどにぎやかだった大砲などの発射音は昭和18年に入ると全く聞かれなくなりました。友達とよく兵舎のそばに遊びに行きましたが、そこには大砲を曳く馬もおらず多くの兵隊さんが竹槍の訓練をしていました。<br /><br />アメリカの経済封鎖、空襲で軍需工場は丸焼け、蒜山原に回ってくる兵器などあろうはずもないことは地元の人もよく知っていました。<br /><br />蒜山中学校の下は広い湿地帯で、耕地になっていませんでしたが、それの排水工事をしてサツマイモの畑を作ったのは倉敷海軍航空隊のパイロットのタマゴたちでした。飛行機どころではなく、今の食うものがなかったのです。<br /><br />夜な夜な家の戸をたたくものがいる。出てみると飯が食べたい、味噌汁がほしい。故郷を出てからまだ味噌汁を食べていない、といっているのは兵隊さんでした。秋になって大切なサツマイモを夜全部掘られても地元の人はみんな兵隊さんには好意的でした。<br /><br />兄は17歳で海軍に志願兵となりなした。29才で叔父は２児を残して戦死しました。<br /><br />戦死者の遺骨は、ふつう村役場から家庭に渡されるようで、私たち小学生もその遺骨のお迎えに学校から行きましたが、喪服を着た本当に若い嫁さんが夫の遺骨を胸にしている情景は今も忘れません。<br /><br />※上記の写真は戦時中はいていたズボンです。服などどこにも売っていないのでやぶれ放題で「継ぎ」しか方法はないのです。<br /><br />※次回は昭和19年頃から終戦までの話です。</p>]]>
    </content>
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    <title>自転車で行く蒜山の秋</title>
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    <published>2006-11-14T04:01:56Z</published>
    <updated>2006-11-14T04:54:17Z</updated>
    
    <summary><![CDATA[&nbsp;11月3日（文化の日）、岡山から来た親友Ｏ君と「蒜山サイクリングロー...]]></summary>
    <author>
        <name></name>
        
    </author>
            <category term="自然" />
            <category term="観光スポット" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/">
        <![CDATA[<a onclick="window.open('http://www.hiruzendaisen.com/mihara/spring0017.php','popup','width=320,height=240,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/spring0017.php"><img height="150" alt="" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/spring001-thumb.jpg" width="200" align="left" /></a>&nbsp;11月3日（文化の日）、岡山から来た親友Ｏ君と「蒜山サイクリングロード」を走ることになりました。<br /><br />サイクリングとは私にとっては「無縁」のもので、自転車といえばいつも軒下に放置してあるどこにでもあるような代物でした。これはいかんと、前日近くのホテル蒜山ヒルズにレンタル自転車の下見に行きました。<br /><br />　あるある　そのなかから、三段切り替えのごく普通のものを借りました。切り替えのある自転車に乗ったのは初めてでしたが、操作は簡単でした。<br /><br />親友の持参のものはアメリカ製27段切り替え、私の人差し指で軽く吊り上げられるグラスファイバー製、値段は20万円、これにはビックリしました。]]>
        <![CDATA[朝9時ホテルの前をスタート。この全長29ｋｍの自転車道は、速い人なら3時間弱、ゆっくりで4時間とレンタルコーナーで聞き、あわせて地図もいただきました。 <br />
<table cellspacing="1" cellpadding="1" width="500" border="1">
    <tbody>
        <tr>
            <td><a onclick="window.open('http://www.hiruzendaisen.com/mihara/spring0022.php','popup','width=320,height=240,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/spring0022.php"><img height="150" alt="" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/spring002-thumb.jpg" width="200" /></a> </td>
            <td valign="top">東に向かって走行すると、東の果てに「しなの木駐輪場」があります。そこに写真のような花が植えてありました。葉はナスのようでしたが蒜山地方では見たことはありません。なんという花でしょうか。</td>
        </tr>
        <tr>
            <td><a onclick="window.open('http://www.hiruzendaisen.com/mihara/spring0031.php','popup','width=320,height=240,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/spring0031.php"><img height="150" alt="" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/spring003-thumb.jpg" width="200" /></a> </td>
            <td valign="top">
            <p>駐輪場のそばの、旭川をわたる専用の橋から下をのぞくと、40～50ｃｍクラスの　にごい(川鯉)が数匹　悠然と泳いでいました。<br /><br />かっての清流旭川にはいつも多くの釣り人でにぎわいましたが、今はどこにも釣り人はいません。<br /><br />そのような川にすんでいる&quot;にごい&quot;の生命力をみてうれしくなりました。</p>
            </td>
        </tr>
    </tbody>
</table>
<br /><br />雄大な蒜山三座を一望できるのは国道482の南、すなわち旭川の南の自転車道からだと思います。「燈台もと暗し」蒜山三座のそばではかえって蒜山の全体像が見えにくいです。<br /><br />写真が大好きであり、蒜山生まれの蒜山育ちの私は蒜山全体の写真には必ず旭川の南の自転車道の付近に行きます。<br />
<table cellspacing="1" cellpadding="1" width="500" border="1">
    <tbody>
        <tr>
            <td><a onclick="window.open('http://www.hiruzendaisen.com/mihara/spring004.php','popup','width=320,height=240,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/spring004.php"><img height="150" alt="" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/spring004-thumb.jpg" width="200" /></a> </td>
            <td valign="top">&nbsp;「休暇村蒜山高原」からの眺めはすばらしいのは、皆さんご承知のとおりですが、その建物の裏の自転車道からの眺めは格別ですよ。（筆者です）</td>
        </tr>
    </tbody>
</table>
<br />「みてごらん、今日の蒜山地方の車を、駐車場だってあの始末だ、このすれちがう多くの車のそばを悠然と走れる自転車道なんてそう多くは無いよ。」岡山から来た友達はそう言いました。<br />
<table cellspacing="1" cellpadding="1" width="500" border="1">
    <tbody>
        <tr>
            <td><a onclick="window.open('http://www.hiruzendaisen.com/mihara/spring005.php','popup','width=320,height=240,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/spring005.php"><img height="150" alt="" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/spring005-thumb.jpg" width="200" /></a> </td>
            <td valign="top">道路標識もじつによく整備されていて、道に迷うことはありません。</td>
        </tr>
    </tbody>
</table>
<br /><br />初めて蒜山の自転車道を走った私もかれも、すっかりその自転車道のファンになりました。皆さん蒜山自転車道のサイクリングはいかがですか。<br /><br />（参考）レンタル自転車場は自転車道に沿って4箇所あります。<br /><br /><br />]]>
    </content>
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    <title>秋　祭　り(2/2)</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://www.shok.co.jp/hiruzen/cgi-bin/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=5/entry_id=1054" title="秋　祭　り(2/2)" />
    <id>tag:www.hiruzendaisen.com,2006:/mihara//5.1054</id>
    
    <published>2006-09-21T02:07:11Z</published>
    <updated>2006-10-26T00:25:14Z</updated>
    
    <summary> 米つくりは儲かるか上の質問にイエスと答える農家は絶無でしょう。経費のおもなもの...</summary>
    <author>
        <name>三原 昌代</name>
        
    </author>
            <category term="こぼれ話" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/">
        <![CDATA[<p><a onclick="window.open('http://www.hiruzendaisen.com/mihara/ine2.php','popup','width=283,height=213,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false" href="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/ine2.php"><img height="150" alt="" hspace="5" src="http://www.hiruzendaisen.com/mihara/ine2-thumb.jpg" width="200" align="left" /></a> <font color="#ff6600">米つくりは儲かるか<br /></font><br />上の質問にイエスと答える農家は絶無でしょう。<br /><br />経費のおもなものでも、コンバイン代、ライスセンター利用料、田植え機、トラクターの消耗費、燃料、機械の修理代、肥料、農薬、苗の購入費（一部の人）など、農家の私でもいやになるぐらいです。<br />（これらの正確な数字を挙げ、なん％の利益率があるかは、農家各人によって相違し、困難です。　　　　<br /><br /><font color="#ff6600">なぜ米を作るか</font></p>]]>
        <![CDATA[1・　祖先伝来の土地は手離すことはできない<br />2・　もし離したら、再び返らないかもしれない<br />3・　いざというときにも田があれば食うて行ける<br />4・　米つくりは比較的手数がかからない。<br /><br /><font color="#ff6600">秋　祭　り　<br /></font>今の秋祭りは昔ほど盛大ではありません。理由は簡単。<br />産業の高度化、第一次産業と第三次産業の逆転のなせるわざというべきでしょう。<br />別の点から見れば兼業化の進んだ現代では、豊年であれ不作(この場合保険制度あり）であれ、これらの家計に与える影響は数十分の一であり、それは農家の話題にも上らないことなのです。　<br />わたしは農業の研究者ではなく,一介の農民にすぎません。不正確なことも多いと思いますが、蒜山で私の見たことの一端を書かせていただきました。<br /><br />読んでいただきありがとうございます。三原政人　　　　]]>
    </content>
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