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さる10月13日、蒜山振興局開所式が盛大におこなわれました。開所式にいたるまでの、簡単ないきさつを報告します。 1 市になるための基本条件として、本所から遠はなれることになる旧川上、八束、中和の住民の利便性を考えて、蒜山振興局を建設するという決議が合併協議会でなされていたこと。 2 平成18年1月、建設地についての地元の了解が得られたこと。 3 平成18年6月、入札 庁舎新築工事は約4億8千万円で落札。蜂谷工業(株)、母里建設(株)の共同企業体による新庁舎工事始まる。
4 総事業費 庁舎新築工事、用地買収費、土地造成費、設備備品費等総事業費約7億円。
1はじめに5月26日(土)、27日(日)「観光回廊真庭ゆったりウオーク2007」が行われましたそのなかで、蒜山を中心とした5月26日について、報告します。もともと蒜山では ツーデーマーチという名で広く知られた行事がありました、しかし町村合併により真庭市となった以上蒜山だけということではなく、真庭市の他の地域の行事にあわせ、今日の題名のようにツーデーマーチの再編が行われました。それが今日の行事「ゆったりウオーク」です。なお27日には勝 山、湯原、美甘地区のそれぞれのコースのおいておこなわれます。2 5月26日のこと蒜山も「新緑が身にしみる」の好時期なのですが、当日は全国的な黄沙にみまわれ出発時点で蒜山三座はよく見えなったのは残念でした。当日はつぎの3つのコースに分かれて行われました。
A コース 蒜山山麓・牧場コース(13km、蒜山三座の東西の端から端まで歩く)B コース 津黒里山自然ふれあいコース(15km、里山の風情を残す 津黒高原へ)C コース 蒜山のんびりコース(5・10km、体力にあわせて、気軽に、ファミリー向き事前申し込み者数 Aコース238人 Bコース127人 cコース176人 合計541人2日間の参加希望者数を県別で見ると、岡山県が約60% 以下鳥取、兵庫とつずくとのことでした。また参加費は大人1500円、小中学生800円だそうです。写真は上より 1 蒜山スポーツ公園での開会式の模様 2 みんなゼッケンをつけて 3 年齢別に見ると、5歳より80歳までの方がエントリーされたそうです 4 最後尾覚悟でワンチャンと一緒にごらん頂き、ありがとうございました。
それは4月のある休日の午後でした。いつものように、妹はわたしの背にいました。大きいものは小さいものの面倒を見る、それは私の小さい時の不文律でした。 突然 半鐘(今のサイレンのように、緊急事態の発生を知らせるどの集落にもあった釣鐘)が連打されました。火事だ。妹を背負って自分で作ったよれよれのわらぞうりを履き、田畑を横切り現場に近ずいて仰天しました。 火事はさらなる風を呼び、今焼けてゆく何軒かにの家からはがれおちたカヤの一本一本に火がついたものが強風に乗り、あたかも大河のように煙とともにほとんで真横に走り、何百m離れていようがその流れにあるものは民家も道端の枯れ草も、田に散布してあった乾いた堆肥さえ、すべて総ナメにしてゆきました。日でり続きもわざわいを拡大させました。当時の民家も納屋なども、安藤広重の描いているようなカヤぶきでしたので、屋根に火の粉が一つでの飛んできたら、万事休すです。
1 どんどとは 小正月(1月15日)に正月の門松、しめなわなど一定の場所で焼くことを どんどと言います。このような習俗はそれぞれの地域によって、そのやりかたはずいぶん異なります。では、蒜山地方ではどんなどんどが行われているかを紹介しましょう。2 その前に 「門松立てて門ごとにーーー」の正月の歌のように、一般には門松を立てて正月かざりをするようですが、蒜山では松はほとんど使わずそのかわり「そよご」(写真)をつかいます。戦後、荒れ果てた山林を復興させるため、多くの植林が行われましたがそのとき若い松を門松にすることを自粛しようということに決まりました。そのきまりが定着しているわけです。そよごは赤い小さな実をつけ、常緑の2~3mの雑木で、どこにでもあります。
新年おめでとうございます。左の写真は、蒜山の高張山から見た初日の出です。雲のため、はっきり太陽が見えないのが残念です。近頃の挨拶は、昨年の豪雪の話題が必ず冒頭に出、次に「今年は雪が少なくていい」と結ぶのが通例のようです。さて今後どうなるか?です。 「冬来たりなば春遠からず」で、蒜山の多くの農家の人々は、雪解け後にそなえて、老化もてつだって、コタツの中で英気を養っておられる方も多いと拝察しました。
筆者が質問したことについて、次のようなお答えをいただきました。1・年齢はー70歳代2・今のお住まいはー大阪府豊中市3・自宅からの時間はー約2時間半4・年何回別荘へー 約30-35回5・何年前に建てられたかー約8年前6・蒜山を選ばれた理由ーそこに山 が!!7・別荘にこられてよく行かれるところはー快湯館8・蒜山に別荘計画中の方へアドバイスがあればー雪対応、雪対策。太郎の屋根に雪積もらせ 次郎の屋根に雪積もらせ、そして我が愛車も一夜のうちに身動きのとれぬ状態に・・・・・・・・・雪の蒜山は、えもいわれぬ美しさですがまた、なかなかの難物。1メートルの積雪を除雪するのは想像を越えた作業です。大自然の厳しさを感じます。あるがままに受け入れ、自然体で付き合うととても仲良くなれます。
(1)ビニールハウスは県の補助と高額な自己負担金から成り立ちますが、自己負担金は完済されたとのこと (2)宅地購入、基礎工事完了、来月は待望のマイホームの新築。(マイホーム一生の大事業 よくもこんなに早く筆者の感想です)今日の社会では、農業はどこでも苦境にたたされている現実があります。そのなかでなぜこのような成果あげられるのか、わたしはこのように思います。(1) 「稼ぐに追いつく貧乏なし」この格言がこの夫妻にはピッタリです。主人はもちろんですが、重量級と言うよりむしろスマートな奥さんが、じつによく働かれるのを見て感心します。農業で成果をあげるには、奥さんの勤労意欲が絶対条件だということがよくわかります。
二度と還らぬ人生、一日一日をただ惰性で送るのではなく真に自分のやりたいことをやろう。今日はその信念にもとずき、細密な計画をたて異郷の地でトマト栽培の道をひたすら追い求められている蒜山下福田の 舟元 正起 氏夫妻に登場願いました。まず、夫妻に自己紹介をしていただきます。 1 出身地は 兵庫県赤穂市 2 以前のお仕事は 39歳で退職。もと三井物産フューチャーズ(株)支店長職。100%三井物産の子会社で貴金属などの相場に携わっていました。3 なぜトマト栽培に興味をもたれましたか?自然相手の農業のなかでも、特にに手のかけがいがありそうだった。1シーズン1段から12段までの間に毎年ドラマがある。脱サラした夏に、女房方の親戚愛媛県久方高原町のトマト農家二軒に自主研修に行き興味をもちました。
風の家は米子自動車道蒜山インターを降りると、すぐそこにあります。それは4つの「家」から成り立っていますが、その「家」とは新鮮野菜市場、Shop、軽食コーナー、蕎 麦(そば)の館です新鮮野菜市場ですが、これは地元の多くの生産者がそれぞれの判断で野菜、切花、手作りの漬け物などを出荷するものですが、上の4つのうち売上高、お客さんの数で断然トップです。ここではその多くの販売品の中から、この新鮮野菜市場で売られている蒜山大根と、スイートコーンをとりあげてお知らせします。
ハービルとはHerbとBillの造語でHerbの丘あるいは館の意味だそうです。蒜山ハーブガーデン ハービルは、ラベンダーガーデン、ハーブガーデン、紫陽花(あじさい)園、香りの館、ショップから成り立っています。蒜山でもここのように花を中心にした施設は珍しいので、多くの観光客でにぎわいます。そのうちのラベンダーガーデンと、ハーブガーデンについて紹介します。
自然牧場公園この公園は、蒜山ジャージーランドと塩釜冷泉のほぼ中間地点で、ホテル蒜山ヒルズの向かいにあります。交通の便もよく、休日などは一日中こどもの歓声が響きます。見どころここは蒜山三座の真ん中で、そのふもとに位置します。ここには多くの桜が植えられ、他の地方では桜のシーズンが終わったころに、ここでは花見ができますが、爛漫の八重桜はは壮観です。また藤その他多くの花木を眺めることもできます。公園を出て、自転車道をわずか30mほど東(塩釜冷泉方面)に行くと、道端に一本の大きな ホーの木 があります。毎年5月下旬には、いいにおいがするので思わず上をみあげると、そこにはホーの大きくて優雅な花をみることができます。広い蒜山高原でも、家族で芝生の上に弁当をひろげたり、退屈しかけた子供が遊具施設のある公園の芝生の上を自由に走りまわることができるところは、ここ以外そうたくさんはありません。
塩釜冷泉塩釜冷泉は、蒜山三座の中心、中蒜山(1122m)のふもとの谷間から湧き出しています。その池は面積約60平方m、最深部は1.9m、湧水量は毎秒300L、水温は11度で年中変化なしといわれています。池の中を見ると、いくつからの湧水口から水が砂をもちあげて、勢いよく噴出しているのが見えます。昭和60年に環境庁から名水100選に認定されました。また冷泉は、旧八束地区の600戸に水道水として供給されています。平成12年、鳥取県西部大地震のとき、蒜山地区も大きく揺れましたが、そのとき水が濁り、半日間水道水として供給できなくなりましたが、これはかって経験のないできごとといわれています。
1・ひるぜんジャージーランドひるぜんジャージーランドは、蒜山が一望できる蒜山のうちでも特に眺めのすばらしいところにあります。ここは蒜山酪農業協同組合の乳製品の製造工場とレストラン、売店などがあり、また大ホールもある、まさにジャージー牛の中心地(ランド)となっています。一階のレストランからの眺めは格別ですが、ここの料理で特に人気の高いのは、レストランのお話ではチーズフォンデユーBセットです。また夏は広々とした外を眺めてのバーベキューもお客さんによろこばれています。
日留ヶ神社さてこの山は、塩釜冷泉のロッヂ横から登山道は始まりますが5合目には日留ヶ神社(ひるが神社)があります。これは昔の人にとっては、きわめて大きな意味のある神社でした。それは山の神で、当時の人は蒜山の頂上まで、ある人は朝晩2回も牛の餌や堆肥つくりのため採草に行き、あるいは薪の採集に行きました。その重労働や危険な仕事から守ってくれる現場の神様はここしかなかったのです。今も春、盛大な祭りがおこなはれているのはそのためです。(写真、なお、神社といっても社殿はありません)
中蒜山は蒜山三座の中心であり、また「塩釜の冷泉」を訪れるに便利であるので観光客も多く登山客もおおいようです。蒜山が観光地化されていないときには、蒜山登山といえば中蒜山登山を意味しました。そのころは、従走路の草、木も多くて縦走は大変でした。
蒜山の登山道では、多くの花は期待できません。そのなかで、その緩やかな南斜面の登山道にはその他 ききょう、おみなえし、かわらなでしこ、かたくりなど小さいですが蒜山で最も多くの花が見られます。なお中蒜山への縦走路には、いわかがみの群落があります写真は「雲居平」より下蒜山頂上を望むようすですが、そこはネザサの草原となっていて木はありません。これは山を吹く風は強く、木は育たないからだと考えられています。この写真の頂上付近はかなりきつい傾斜地ですが、ここから下に見るネザサの草原の眺めは圧巻です。
これは下蒜山の写真です.いつ行っても駐車場がすいているのはありがたいです。駐車場の休息所は、縦走してやれやれの私たちに、うれしい憩いの場を提供してくれます。以前はどこにでもあったアザミも、いまは蒜山ではめっきり減ってしまいましたが、入り口の登山道付近にはよく見られます。5合目までは木立のなかをとおるので、かなり急坂でも夏は涼しいです。5合目を過ぎると頂上まで木陰はありません。
広漠たる大草原の蒜山これは最近、川原の夜の野焼きですが、わたしが少年の日に経験した蒜山という大草原の野焼きは一気に100ヘクタールも焼く豪壮なものでした。大草原には1個の建物もなく、数ヘクタールに数本の松の巨木があるのみでまさに一望千里でした。
蒜山原はむかし湖だった写真を見てください。楕円形のは二枚貝といわれ約25cm、右のは木の炭化したものです。これらは地下2~30mの底から珪藻土とともにほりだされたものです。蒜山原は数十万年前は湖でしたが蒜山の噴火によって湖が生まれ、その湖をおおっていた珪藻といわれる藻が,珪藻土となったといわれています。
蒜山三座蒜山三座はその名のごとく上蒜山(1202m)、中蒜山(1122m)、下蒜山(1100m)より成り、岡山、鳥取両県にまたがるトロイデ型火山群です。岡山県側はなだらかであり、広大な扇状地形の蒜山原となっています。蒜山生まれ蒜山育ちの私が見聞したことの一部をお話しましょう。
まむしいつもどおり登山口の牧場に車を置かしてもらうように頼み、いよいよ上蒜山登山にかかります。その入り口に「まむし注意」のたて看板がありました。なんという「愛らしい」まむしの絵であろうか。しかり「愛らしい」はともかくとして、蒜山のまむしは注意さえすれば、「恐ろしい」ことはその被害の実情から見ればそう多くはないようです。蒜山生まれの蒜山育ちの私は、記録してはいませんが蒜山三座縦走の経験は2けたの中ほどではあろうとおもいます。その経験上蒜山のまむしとは、下記のとおりの「こんな奴」と思います。山の好きな人にとって熊やまむしの習性を知ることは悪くはないと考えますので、書かせてもらうことにしました。なお、まむしの写真をカメラに撮ってと思いましたが、蛇を見るだけでも血圧が上がるという家内の前に、愛用のデジカメの生命が心配されるので、これだけはやめました。
上蒜山の紅葉はすばらしい。3合目から8合目までのあいだ、向こうに見渡す紅葉は絶景です。写真はグループが下山中ですが4~50人の団体もこの頃は珍しくはないようです。紅葉は11月初旬まで見られることもあります。
蒜山で最もよく紅葉するのはウリハダカエデ、ヤマボウシ ヤマザクラなどです。
「上蒜山蒜山三座のうち、君はどの山が最も好きか?」とよく聞かれます。私は即座に「上蒜山」と答えることにしています。とくに、国民休:暇村蒜山からの眺めは全国でも、そう多くは無いと思います。それは広大な裾野と深い関係があるようです。
眺 望上蒜山の眺望は、三座のなかでもっともすばらしいと思います。三合目付近から眺望が利くのはこの山だけです。
しかし9合目以上になるとぶなの原生林に入りどこも見えなません。そこで私は、縦走のとき以外は、眺望のよく利く 槍が峰 に腰を下ろしエネルギーを補給し、写真をとって満足してかえることにしています。
登山この蒜山と鳥取県にまたがる三平山は、年間数万人が訪れるとか。そういえば蒜山では登山者に一人も会わないときがあっても、この山で誰にも会わなかったことは一度もありません。ではなぜそんなにににぎあうのか、私はこう思います○ 往復 1.5~2時間で登れること○その昔、高校生がバイクでったとか、登山靴より運動靴にトレーパン のほうが似合いそうな山である。おだやかで登りやすく、子供から年配の方まで誰でも登れること。○360度の展望がきき、蒜山三座はもちろん、大山は目の前で迫力がある。天気のいい日なら美保関方面まで遠望できるなどです。
三平山の花(レンゲツツジ)私が三平山に登る大きな理由は、蒜山では見られない多くの花に会うことです。まずレンゲツツジですが以前は蒜山ではそれをカッコウバナといい、カッコウの鳴く5~6月ごろ野原を朱に染めて咲いていました。ちょうどわらび取りの季節であり、一年で最もいい季節でした。ところが蒜山の開発が進み、もはや蒜山ではそのレンゲツツジをみることはできなくなりました。しかしこの三平山では大きいものではありませんが、よくみることができるのです。
昔から蒜山地方でよく知られたこのことばのいわれは知りませんが、しかしこの言葉がながくつずくということは、「そうだそうだ}という共感がみんなにあってのことでしょう。では、蒜山の野山にゆけばどんないいことがあったでしょうか。それは秋の山野の美しい風景、くり、あけびなどの自然の贈り物のことだと思います。でも時代は変わりました。風景は別として、今なら「不親切なおばの家に行くより近くのコンビニに行け」ということになるかも。昔はみんな貧しく、また今のように何でもほしい物は売っている時代ではありませんでした。だからあけびの味は忘れられない。というような言葉が通用するのです。ではも少し、現代も加味しておばの家よりよかった秋の野山を見てみましょう。
いよいよ蒜山での国体、ここではつぎの2つの競技が行われます。山岳競技のうちの縦走競技 10月23日(日) 馬術競技 10月23、24,25、26、27日
9月18日(日)好天にめぐまれ、蒜山大山スカイラインや、蒜山高原線を珍しい花をもとめてドライブしました。結局、ドライブの目的は失敗に終わり、第二案の上蒜山に登りました。右の写真のききょうはそのときのものです。ところで、蒜山大山スカイラインの紅葉は、10月後半から11月の2週にかけてが例年の見ごろ(休暇村蒜山のお話)とのことです。私の経験によると、11月のはじめが蒜山の頂上の紅葉の盛りであった事もよくありました。では紅葉のころお待ちしています。
恒例の表題の大会が9月4日(日)、蒜山スポーツ公園 を中心に開催されました。この行事は、もともと八束村の主催でしたが町村合併 により、今年度より真庭市の主催となりました。 今年は例年より約1ヶ月早く開催されましたが、これは 10月に岡山国体が開かれるためです。 今年度の参加者 は2120名、例年より少ないのはそのことと関係があるので はないかとは事務局の話でした。
3月31日定年退職、4月1日多年の夢を果たすべく愛車に寝袋その他の用意万端を整え、奥さんとともに全国一周。ねらいは大自然のあるところ。 このアウトドアー派の小橋哲・英子さんは岡山市の出身、実家は娘さん夫婦にまかせ、現在蒜山原の共和(ホテル蒜山ヒルズより直線1.5km位)に別荘をかまえ、1999年から定住されています。蒜山のいいところをお聞きしました。
この花は子供のとき、6月の中ごろ田のあぜ、湿地などどこでもよくみかけました。近年このノハナショウブも、他の野の花と同じく、蒜山ではあまりみかけなくなりました。なぜそうなったかと問うても誰も答えには自信がないようです。(ある人は地球温暖化の影響かともいいますが。)そのノハナショウブを求めて蒜山原を歩くこと2日、ついに二群発見しました。その喜びは格別でした。
6月19日第17回、天の岩戸 開運まつりが、蒜山茅部神社、岩戸ひろば、天の岩戸などを中心に盛大に開催されました。今年から主催者のひとつが、元の川上村から真庭市にひきつがれました。当日の参加者は、主催者の話として例年と同じく3000人、ぐらい撮影会の参加者は500人ぐらいとのことでした。
ホテル蒜山ヒルズの北側に、自然牧場公園があるのは、多くの方がご存知の通りです。その公園の前にある自転車道を、公園の東の端から約50mほど東 に行くと、道のすぐそばに街路樹として独立して ほうのき があります。
白いメシが食べられるこれは日本人が夢にまでみたねがいでした。それがやっとかなったのは今から 4~50年前の事で、日本の歴史からみると「ほんの今先から」というべきものでしょう。わたしは子供のとき、太平洋戦争とその戦後の混乱期 をすごし、米についていろいろ見てきました。まず米は国の統制品となり、耕作面積に応じて国が強制的に買い上 げてゆきました。
1. さくらそう 私はある偶然のことから、蒜山地方でそこだけはやくワラビが出るところを知り 毎年いっぱいの荷物にニンマリとして帰るのが普通でした。そこに行きだして二年目それを見て、その美しさとスケールの大きさに絶句してしまいました。それはさくらそうの大群落でした。周囲はまだ枯れ草、まばらな木々の下にタタミ20畳分くらいのさくらそう が、今を盛りと咲いていました。
平成17年(2005年)3月30日、川上、八束両村の名は、この日をもって終わりを告げました。両村は、明治35年4月1日にこの村制を施行しましたが、ここに103年の歴史を閉じる事になります。左の地図は読みにくいですが、川上、八束,中和、湯原、美甘、勝山、久世、落合、北房の9町村が合併する事になりました
三月九日、蒜山、大山地方の山に春の息吹をもとめて山道をドライブしてみました。そこには早春の花のマンサクもまだみかけません。春浅し そんな感じでした。 一番雪の多いのは大山より、例年のとうり鏡ヶ成のようでした。
今年は北陸、東北地方をはじめ、北日本は大雪と言われていますがここ蒜山にも平均的には雪は降りました。でも最近は日も長くなり、春めいてきました。写真の福寿草は一月下旬より開花しています。いま、家の前は田畑も庭も「白銀の世界」ですが、そこだけ雪の融けた私の母屋の犬走りのそばの「リュウノヒゲ」のなかに、クロッカスが二月下旬より咲いています。
今年(2005年)は岡山国体の年です。蒜山地方では馬術競技と 山岳競技がおこなはれます。馬術競技の会場に行って みたら(ホテルヒルゼンヒルズ西約2km蒜酪となり)写真 の通り雪の中でした。(1月10日) 山岳競技場はあまりに広く、写真にはなりませんでした。
1.母から子供の時聞いた話四つ塚古墳を掘ってみてやろう、どんな人が埋葬されているか、どんな物が出てくるか。村の人は宝物目当てというよりか、昔からの疑問を解くために掘ったといわれている。最初どこが古墳の入り口かわからず、南側の上のほうから掘ったそうだ。掘ってみてわかったことは、入り口は北であるという事だった。改めて北から堀って、新鮮な空気が中入ると遺骨はすぐ崩れてしまったそうだ。
いまから30年ほど前、私はある学校に勤務していたが魚釣りの大好きな校長が、おおい三原、この魚を見てくれ、今日旭川で釣ったものだが尾は曲がり、体のあちこちにカビの生えたの、目のおかしいのもいる、この調子だとこの付近の魚は近いうちに絶滅するだろうといわれた。 そのころ、私は大きなサンショウウオやウナギが小川で死んでいるのを見て、ふしぎだなあと思っていた。
大根がスーパーで一本何百円とか、どうしてそんな現象がおきるのか、蒜山大根をとりあげてお話しましょう。ただしこれは私の見たところですのであしからず。
蒜山にこられた方はよく、写真のような白い物はなにかと聞かれます。さて何でしょう。名前は「ロール牧草」。目方は300K前後。中身は半乾燥の牧草です。機械で硬く丸くし、その上をビニールの帯で巻いてあります。まあ簡単に言うと人様の「漬物」ですね。もし一頭の牛が食べるなら半月は持つそうです。(硬く巻くと、空気が入らず、乳酸菌の発酵作用により牧草は腐敗しないそうです。
「クリの豊作の年と、うちに来る患者の数は相関関係にある」歯医者さんからそういわれてから、私は山のクリにあこがれをもちながら遠ざかっててしまいました。一 クリの木はどこにでもあります。山道の舗装道路などにもよくクリが落ちているのが見られます。クリはすこしずつ毎日落ちるので、いつ行っても少しは拾えます。
●その一 ささゆり 6月下旬から7月中旬にかけて、蒜山に登るとその路傍やササのなかに、比較的よく見かけるのがこのゆりである。その清楚な花に足をとどめない人はまれであろう。だがその花の適期に行き逢うのはなかなかむつかしい。 私はどうしてもその花の写真を撮りたい。もっと楽に、しかも適期に撮るにはどうしたらよいかと考えているうちに思いついたのが三平山であった。この登っても楽しい山は、ささゆりの宝庫であり撮影者も多い。これなら一回ぐらいミスしても適期の花が多く、目的を達する事が容易である。とはいってもなかなかいい写真は撮れませんでした。(三平山にて撮影7月上旬)
軽トラックを降りて大根畑のそばの道で、立ち止まって大根の生育状況を見ていました。ふと気が付くと、なにかピョンピョン私の方にまっすぐに飛んでくるものがいるではありませんか。それはわたしの2mぐらいのところで止まりましたが私に気がつくと、深い溝に転がるように逃げてゆきました。それは親離れしたばかりの子ウサギでまだ親ウサギの3分の1もありませんでした。 場所はホテル蒜山ヒルズの東に山菜茶屋がありますが,そこの原野の終わるところで、ヒルズより直線なら南東の方向150mぐらいです。私はその付近で、親ウサギはよく見ましたが子うさぎは予想していませんでしたびっくりしました。 では、子ウサギに会う事がなぜ「半世紀ぶりの再会」になるのか,それをお話しましょう
親や先生のいい付けを守りなさい。こんな事を云うと青少年から嫌われる事必定ですね。だいたい親や先生は はいはいと従う子供がいい子供だと思いこんでいますからね。無理もない。「親の言いつけは守らないが、この子はきっと将来大物になる」なんて考える余裕は親にあろうはずもないですから。
ところがこの写真を見てください。 戦時中、蒜山高原は陸軍の演習場でした。この物騒なるものが通常 野砲といわれていた元陸軍の大砲の砲弾です。この大砲は、二列に三頭ずつ並んだ馬すなはち六頭の馬によって牽引されていました。
半世紀も前の事 家の前の旭川で川に入り、中州にたまった土砂を川の両側に押し上げている怪物を見てびっくりしました。これがブルというやつか、それにしても150人力とはすごい奴、2、3ヶ月ほどの作業によって川の流れは見違えるほどよくなり、その後堤防も作られ,水害はなくなりました。太古以来の大変革でしょう。それまで、川の所々に青々とした淵があり、そのきれいな水で友達とよく水泳をしました。3 4mの深さの淵に白い小石を投げ込み、だれが一番早く拾ってくるか、または崖淵から手を前に伸ばし頭から飛び込むとき、腹を水面に打ち付け、ずいぶん痛い目にも会いましたが、スリル万点でした。でもその楽しみはブルの出現によって終わりました。
皆さんが蒜山登山をご検討される場合、どの山が登りやすくて景色が良いかが判らないのではないかと考え、以下の情報を作成しましたのでご利用ください。特に初心者の方のお役に立てれば幸いです。 ←左から上蒜山、中蒜山そして下蒜山(平成16年7月14日撮影)
三平山(みひらやま。1010メートル)は川上と鳥取県の県境にあります。
特徴は次の通りです。・45分で登れる ・途中の眺めよし ・登山道よしで、蒜山地方で、もっともポピュラーな山で、子供 初心者 家族にも向いていますが一般の方も十分楽しめます。・大山が目の前に、天気がよければ美保関方面まで見えます。 ・服装は軽装でいいでしょう。
私は蒜山にこられたお客さんから、[蒜山は広い」 と言う言葉をお聞きすると、率直に言って 「そうかなあ」という気になります。なんてね
昔は春は見渡す限りの野原が一面火の海になる山焼き、秋になると、誰もいない、そして何一つ人間の作った物のない広漠たるススキの大草原に真っ赤な太陽が沈む、それは壮観でした。 では今もその昔の面影をとどめているとことがあるか問はれると、それは昔ほどの雄大さはないけど、私が略図を書きましたので行かれたらと答えるでしょう。略図の ホテルから267歩または200メートルを行って山側に向かうとけば簡単ですよ。
昭和20年まで蒜山原は、道路より他に人の作った物は何もない、広漠たる大草原でした。(岡山理科大学さんの昔の蒜山のページを参照してください) そこはまた、山野草の宝庫でした。たとえば おみなえし などはその土地の一部が黄色くなるぐらい咲いていました。写真の おきなぐさ を見てください。これでも私にとっては40年ぶり蒜山で再会した唯一のものですが、今年行ってみたらそこは埋め立てられていました。
3つの山からなる蒜山は、横に長すぎてうまく写真にならないことがあります。 ではどこへ行けば蒜山三座の望ましい写真が撮れるか。それには二つのことが考えられます。 その一 三座が斜めに三つ並ぶ位置から撮る。三つ並んだのを斜めから見ると、重なる部分ができるので、距離が圧縮され、しかも三座とも頂上までよく撮れる。その二 三座の正面でも、蒜山から遠く離れていればよく撮れる。 しかし、山が小さくなったり、カメラによっては入らない事もあるので要注意。 ずばり言って、国民休暇村蒜山や、ハーブガーデン(川上)方面などが上の その一 になるようで、一般的には好ましい位置のようです。
最近カッコーの声が聞かれるシーズンとなりました。 カッコーの声を聞きながら、自転車道の両側に自然に生えているたにうつぎを見たことがありますか?蒜山原でもっともポピュラーな花、そしてその美しさに観光客が驚嘆の声をあげたとはある旅行業者の話です。 多くの車に追い立てられるように車で走っていたのでは、カッコーの声も聞けず、たにうつぎ も十分ながめるわけにはゆきません。緑がしみる五月晴れ自転車道をゆっくりペタルをふみ、とくに美しいたにうつぎに出会えば、自転車を止めそこで写真でも撮る。もし恋人や家族の方と一諸ならそれは間違いなく一生の思い出になることを、蒜山生まれの私(三原)が保障しましょう。 もちろんマイカーでこられても、たにうつぎ のそばに車を止め、カッコーの声を聞くというのも風流ですね。