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ここ蒜山の平地から見ても、残雪は少なくなりました。それもそのはず 桜前線が今の世の中の 関心事ですから。そうだこの好天を逃すわけにはゆかない。桜はないが上蒜山(1200)を4月6日 次の日に三平山(1010)に登ってみました。
不思議と思われるぐらい暖かい日がつずきます。いまごろ〔3月1日)は蒜山の平地は通常「白銀の世界」 ですが今は家の陰、たんぼの角などにさえ雪はありません。
1 岡山県というと、雪国とはだれも想像しません。たいてい瀬戸内海とかマスカットなどを連想されるようです。しかし蒜山は日本海型気候で、平野に常時1mぐらいの積雪は話題にもなりません。また 蒜山は高原であることと、冬の季節風の影響で、年平均気温は山形市と秋田市にもっともよく似ていて、瀬戸内型気候とはまったく異なります。
2 ではその蒜山の冬の生活の一端を紹介しましょう。 写真を上から説明順にごらんください。
1はじめに5月26日(土)、27日(日)「観光回廊真庭ゆったりウオーク2007」が行われましたそのなかで、蒜山を中心とした5月26日について、報告します。もともと蒜山では ツーデーマーチという名で広く知られた行事がありました、しかし町村合併により真庭市となった以上蒜山だけということではなく、真庭市の他の地域の行事にあわせ、今日の題名のようにツーデーマーチの再編が行われました。それが今日の行事「ゆったりウオーク」です。なお27日には勝 山、湯原、美甘地区のそれぞれのコースのおいておこなわれます。2 5月26日のこと蒜山も「新緑が身にしみる」の好時期なのですが、当日は全国的な黄沙にみまわれ出発時点で蒜山三座はよく見えなったのは残念でした。当日はつぎの3つのコースに分かれて行われました。
A コース 蒜山山麓・牧場コース(13km、蒜山三座の東西の端から端まで歩く)B コース 津黒里山自然ふれあいコース(15km、里山の風情を残す 津黒高原へ)C コース 蒜山のんびりコース(5・10km、体力にあわせて、気軽に、ファミリー向き事前申し込み者数 Aコース238人 Bコース127人 cコース176人 合計541人2日間の参加希望者数を県別で見ると、岡山県が約60% 以下鳥取、兵庫とつずくとのことでした。また参加費は大人1500円、小中学生800円だそうです。写真は上より 1 蒜山スポーツ公園での開会式の模様 2 みんなゼッケンをつけて 3 年齢別に見ると、5歳より80歳までの方がエントリーされたそうです 4 最後尾覚悟でワンチャンと一緒にごらん頂き、ありがとうございました。
11月3日(文化の日)、岡山から来た親友O君と「蒜山サイクリングロード」を走ることになりました。サイクリングとは私にとっては「無縁」のもので、自転車といえばいつも軒下に放置してあるどこにでもあるような代物でした。これはいかんと、前日近くのホテル蒜山ヒルズにレンタル自転車の下見に行きました。 あるある そのなかから、三段切り替えのごく普通のものを借りました。切り替えのある自転車に乗ったのは初めてでしたが、操作は簡単でした。親友の持参のものはアメリカ製27段切り替え、私の人差し指で軽く吊り上げられるグラスファイバー製、値段は20万円、これにはビックリしました。
塩釜冷泉塩釜冷泉は、蒜山三座の中心、中蒜山(1122m)のふもとの谷間から湧き出しています。その池は面積約60平方m、最深部は1.9m、湧水量は毎秒300L、水温は11度で年中変化なしといわれています。池の中を見ると、いくつからの湧水口から水が砂をもちあげて、勢いよく噴出しているのが見えます。昭和60年に環境庁から名水100選に認定されました。また冷泉は、旧八束地区の600戸に水道水として供給されています。平成12年、鳥取県西部大地震のとき、蒜山地区も大きく揺れましたが、そのとき水が濁り、半日間水道水として供給できなくなりましたが、これはかって経験のないできごとといわれています。
日留ヶ神社さてこの山は、塩釜冷泉のロッヂ横から登山道は始まりますが5合目には日留ヶ神社(ひるが神社)があります。これは昔の人にとっては、きわめて大きな意味のある神社でした。それは山の神で、当時の人は蒜山の頂上まで、ある人は朝晩2回も牛の餌や堆肥つくりのため採草に行き、あるいは薪の採集に行きました。その重労働や危険な仕事から守ってくれる現場の神様はここしかなかったのです。今も春、盛大な祭りがおこなはれているのはそのためです。(写真、なお、神社といっても社殿はありません)
蒜山の登山道では、多くの花は期待できません。そのなかで、その緩やかな南斜面の登山道にはその他 ききょう、おみなえし、かわらなでしこ、かたくりなど小さいですが蒜山で最も多くの花が見られます。なお中蒜山への縦走路には、いわかがみの群落があります写真は「雲居平」より下蒜山頂上を望むようすですが、そこはネザサの草原となっていて木はありません。これは山を吹く風は強く、木は育たないからだと考えられています。この写真の頂上付近はかなりきつい傾斜地ですが、ここから下に見るネザサの草原の眺めは圧巻です。
これは下蒜山の写真です.いつ行っても駐車場がすいているのはありがたいです。駐車場の休息所は、縦走してやれやれの私たちに、うれしい憩いの場を提供してくれます。以前はどこにでもあったアザミも、いまは蒜山ではめっきり減ってしまいましたが、入り口の登山道付近にはよく見られます。5合目までは木立のなかをとおるので、かなり急坂でも夏は涼しいです。5合目を過ぎると頂上まで木陰はありません。
広漠たる大草原の蒜山これは最近、川原の夜の野焼きですが、わたしが少年の日に経験した蒜山という大草原の野焼きは一気に100ヘクタールも焼く豪壮なものでした。大草原には1個の建物もなく、数ヘクタールに数本の松の巨木があるのみでまさに一望千里でした。
蒜山原はむかし湖だった写真を見てください。楕円形のは二枚貝といわれ約25cm、右のは木の炭化したものです。これらは地下2~30mの底から珪藻土とともにほりだされたものです。蒜山原は数十万年前は湖でしたが蒜山の噴火によって湖が生まれ、その湖をおおっていた珪藻といわれる藻が,珪藻土となったといわれています。
まむしいつもどおり登山口の牧場に車を置かしてもらうように頼み、いよいよ上蒜山登山にかかります。その入り口に「まむし注意」のたて看板がありました。なんという「愛らしい」まむしの絵であろうか。しかり「愛らしい」はともかくとして、蒜山のまむしは注意さえすれば、「恐ろしい」ことはその被害の実情から見ればそう多くはないようです。蒜山生まれの蒜山育ちの私は、記録してはいませんが蒜山三座縦走の経験は2けたの中ほどではあろうとおもいます。その経験上蒜山のまむしとは、下記のとおりの「こんな奴」と思います。山の好きな人にとって熊やまむしの習性を知ることは悪くはないと考えますので、書かせてもらうことにしました。なお、まむしの写真をカメラに撮ってと思いましたが、蛇を見るだけでも血圧が上がるという家内の前に、愛用のデジカメの生命が心配されるので、これだけはやめました。
上蒜山の紅葉はすばらしい。3合目から8合目までのあいだ、向こうに見渡す紅葉は絶景です。写真はグループが下山中ですが4~50人の団体もこの頃は珍しくはないようです。紅葉は11月初旬まで見られることもあります。
蒜山で最もよく紅葉するのはウリハダカエデ、ヤマボウシ ヤマザクラなどです。
「上蒜山蒜山三座のうち、君はどの山が最も好きか?」とよく聞かれます。私は即座に「上蒜山」と答えることにしています。とくに、国民休:暇村蒜山からの眺めは全国でも、そう多くは無いと思います。それは広大な裾野と深い関係があるようです。
眺 望上蒜山の眺望は、三座のなかでもっともすばらしいと思います。三合目付近から眺望が利くのはこの山だけです。
しかし9合目以上になるとぶなの原生林に入りどこも見えなません。そこで私は、縦走のとき以外は、眺望のよく利く 槍が峰 に腰を下ろしエネルギーを補給し、写真をとって満足してかえることにしています。
三平山の花(レンゲツツジ)私が三平山に登る大きな理由は、蒜山では見られない多くの花に会うことです。まずレンゲツツジですが以前は蒜山ではそれをカッコウバナといい、カッコウの鳴く5~6月ごろ野原を朱に染めて咲いていました。ちょうどわらび取りの季節であり、一年で最もいい季節でした。ところが蒜山の開発が進み、もはや蒜山ではそのレンゲツツジをみることはできなくなりました。しかしこの三平山では大きいものではありませんが、よくみることができるのです。
昔から蒜山地方でよく知られたこのことばのいわれは知りませんが、しかしこの言葉がながくつずくということは、「そうだそうだ}という共感がみんなにあってのことでしょう。では、蒜山の野山にゆけばどんないいことがあったでしょうか。それは秋の山野の美しい風景、くり、あけびなどの自然の贈り物のことだと思います。でも時代は変わりました。風景は別として、今なら「不親切なおばの家に行くより近くのコンビニに行け」ということになるかも。昔はみんな貧しく、また今のように何でもほしい物は売っている時代ではありませんでした。だからあけびの味は忘れられない。というような言葉が通用するのです。ではも少し、現代も加味しておばの家よりよかった秋の野山を見てみましょう。
9月18日(日)好天にめぐまれ、蒜山大山スカイラインや、蒜山高原線を珍しい花をもとめてドライブしました。結局、ドライブの目的は失敗に終わり、第二案の上蒜山に登りました。右の写真のききょうはそのときのものです。ところで、蒜山大山スカイラインの紅葉は、10月後半から11月の2週にかけてが例年の見ごろ(休暇村蒜山のお話)とのことです。私の経験によると、11月のはじめが蒜山の頂上の紅葉の盛りであった事もよくありました。では紅葉のころお待ちしています。
3月31日定年退職、4月1日多年の夢を果たすべく愛車に寝袋その他の用意万端を整え、奥さんとともに全国一周。ねらいは大自然のあるところ。 このアウトドアー派の小橋哲・英子さんは岡山市の出身、実家は娘さん夫婦にまかせ、現在蒜山原の共和(ホテル蒜山ヒルズより直線1.5km位)に別荘をかまえ、1999年から定住されています。蒜山のいいところをお聞きしました。
この花は子供のとき、6月の中ごろ田のあぜ、湿地などどこでもよくみかけました。近年このノハナショウブも、他の野の花と同じく、蒜山ではあまりみかけなくなりました。なぜそうなったかと問うても誰も答えには自信がないようです。(ある人は地球温暖化の影響かともいいますが。)そのノハナショウブを求めて蒜山原を歩くこと2日、ついに二群発見しました。その喜びは格別でした。
ホテル蒜山ヒルズの北側に、自然牧場公園があるのは、多くの方がご存知の通りです。その公園の前にある自転車道を、公園の東の端から約50mほど東 に行くと、道のすぐそばに街路樹として独立して ほうのき があります。
1. さくらそう 私はある偶然のことから、蒜山地方でそこだけはやくワラビが出るところを知り 毎年いっぱいの荷物にニンマリとして帰るのが普通でした。そこに行きだして二年目それを見て、その美しさとスケールの大きさに絶句してしまいました。それはさくらそうの大群落でした。周囲はまだ枯れ草、まばらな木々の下にタタミ20畳分くらいのさくらそう が、今を盛りと咲いていました。
三月九日、蒜山、大山地方の山に春の息吹をもとめて山道をドライブしてみました。そこには早春の花のマンサクもまだみかけません。春浅し そんな感じでした。 一番雪の多いのは大山より、例年のとうり鏡ヶ成のようでした。
今年は北陸、東北地方をはじめ、北日本は大雪と言われていますがここ蒜山にも平均的には雪は降りました。でも最近は日も長くなり、春めいてきました。写真の福寿草は一月下旬より開花しています。いま、家の前は田畑も庭も「白銀の世界」ですが、そこだけ雪の融けた私の母屋の犬走りのそばの「リュウノヒゲ」のなかに、クロッカスが二月下旬より咲いています。
いまから30年ほど前、私はある学校に勤務していたが魚釣りの大好きな校長が、おおい三原、この魚を見てくれ、今日旭川で釣ったものだが尾は曲がり、体のあちこちにカビの生えたの、目のおかしいのもいる、この調子だとこの付近の魚は近いうちに絶滅するだろうといわれた。 そのころ、私は大きなサンショウウオやウナギが小川で死んでいるのを見て、ふしぎだなあと思っていた。
「クリの豊作の年と、うちに来る患者の数は相関関係にある」歯医者さんからそういわれてから、私は山のクリにあこがれをもちながら遠ざかっててしまいました。一 クリの木はどこにでもあります。山道の舗装道路などにもよくクリが落ちているのが見られます。クリはすこしずつ毎日落ちるので、いつ行っても少しは拾えます。
●その一 ささゆり 6月下旬から7月中旬にかけて、蒜山に登るとその路傍やササのなかに、比較的よく見かけるのがこのゆりである。その清楚な花に足をとどめない人はまれであろう。だがその花の適期に行き逢うのはなかなかむつかしい。 私はどうしてもその花の写真を撮りたい。もっと楽に、しかも適期に撮るにはどうしたらよいかと考えているうちに思いついたのが三平山であった。この登っても楽しい山は、ささゆりの宝庫であり撮影者も多い。これなら一回ぐらいミスしても適期の花が多く、目的を達する事が容易である。とはいってもなかなかいい写真は撮れませんでした。(三平山にて撮影7月上旬)
軽トラックを降りて大根畑のそばの道で、立ち止まって大根の生育状況を見ていました。ふと気が付くと、なにかピョンピョン私の方にまっすぐに飛んでくるものがいるではありませんか。それはわたしの2mぐらいのところで止まりましたが私に気がつくと、深い溝に転がるように逃げてゆきました。それは親離れしたばかりの子ウサギでまだ親ウサギの3分の1もありませんでした。 場所はホテル蒜山ヒルズの東に山菜茶屋がありますが,そこの原野の終わるところで、ヒルズより直線なら南東の方向150mぐらいです。私はその付近で、親ウサギはよく見ましたが子うさぎは予想していませんでしたびっくりしました。 では、子ウサギに会う事がなぜ「半世紀ぶりの再会」になるのか,それをお話しましょう
半世紀も前の事 家の前の旭川で川に入り、中州にたまった土砂を川の両側に押し上げている怪物を見てびっくりしました。これがブルというやつか、それにしても150人力とはすごい奴、2、3ヶ月ほどの作業によって川の流れは見違えるほどよくなり、その後堤防も作られ,水害はなくなりました。太古以来の大変革でしょう。それまで、川の所々に青々とした淵があり、そのきれいな水で友達とよく水泳をしました。3 4mの深さの淵に白い小石を投げ込み、だれが一番早く拾ってくるか、または崖淵から手を前に伸ばし頭から飛び込むとき、腹を水面に打ち付け、ずいぶん痛い目にも会いましたが、スリル万点でした。でもその楽しみはブルの出現によって終わりました。
私は蒜山にこられたお客さんから、[蒜山は広い」 と言う言葉をお聞きすると、率直に言って 「そうかなあ」という気になります。なんてね
昔は春は見渡す限りの野原が一面火の海になる山焼き、秋になると、誰もいない、そして何一つ人間の作った物のない広漠たるススキの大草原に真っ赤な太陽が沈む、それは壮観でした。 では今もその昔の面影をとどめているとことがあるか問はれると、それは昔ほどの雄大さはないけど、私が略図を書きましたので行かれたらと答えるでしょう。略図の ホテルから267歩または200メートルを行って山側に向かうとけば簡単ですよ。
昭和20年まで蒜山原は、道路より他に人の作った物は何もない、広漠たる大草原でした。(岡山理科大学さんの昔の蒜山のページを参照してください) そこはまた、山野草の宝庫でした。たとえば おみなえし などはその土地の一部が黄色くなるぐらい咲いていました。写真の おきなぐさ を見てください。これでも私にとっては40年ぶり蒜山で再会した唯一のものですが、今年行ってみたらそこは埋め立てられていました。
3つの山からなる蒜山は、横に長すぎてうまく写真にならないことがあります。 ではどこへ行けば蒜山三座の望ましい写真が撮れるか。それには二つのことが考えられます。 その一 三座が斜めに三つ並ぶ位置から撮る。三つ並んだのを斜めから見ると、重なる部分ができるので、距離が圧縮され、しかも三座とも頂上までよく撮れる。その二 三座の正面でも、蒜山から遠く離れていればよく撮れる。 しかし、山が小さくなったり、カメラによっては入らない事もあるので要注意。 ずばり言って、国民休暇村蒜山や、ハーブガーデン(川上)方面などが上の その一 になるようで、一般的には好ましい位置のようです。
最近カッコーの声が聞かれるシーズンとなりました。 カッコーの声を聞きながら、自転車道の両側に自然に生えているたにうつぎを見たことがありますか?蒜山原でもっともポピュラーな花、そしてその美しさに観光客が驚嘆の声をあげたとはある旅行業者の話です。 多くの車に追い立てられるように車で走っていたのでは、カッコーの声も聞けず、たにうつぎ も十分ながめるわけにはゆきません。緑がしみる五月晴れ自転車道をゆっくりペタルをふみ、とくに美しいたにうつぎに出会えば、自転車を止めそこで写真でも撮る。もし恋人や家族の方と一諸ならそれは間違いなく一生の思い出になることを、蒜山生まれの私(三原)が保障しましょう。 もちろんマイカーでこられても、たにうつぎ のそばに車を止め、カッコーの声を聞くというのも風流ですね。