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記事掲載者:成田 滋先生

プロフィールへ 海外出張の際に感じた海外情報や、その他レジャーの楽しみ方など徒然なるままにご紹介します。
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このように円が高くなるというのは、一年前に一体誰が予想できたでしょうか。経済に全くの素人の私に、誰かが円高、ドル安、株価の乱高下などの理由を説明したとしても、どうにも腑に落ちないのです。ヨーロッパの財政不安、アメリカの債務の信用、各国の債務や国債の格付け問題の関連がわからないのです。この円高にまつわるエピソードですが、今から35年以上も前にアメリカに留学したとき、1ドルは300円でした。幸い奨学資金はアメリカドルで貰いましたので助かりました。今100万円が手元にあるとします。35年前には3,333ドルしか換金できませんでした。現在は12,900ドルが手に入ります。これが円高という実態です。

新聞やテレビ、雑誌などには、今の世界的な株の推移や金の価格高騰などの解説がその筋の専門家からなされてはいます。ですが一体その解決策は何かとなると、どの専門家も歯切れが悪いのは共通しています。

これまで先進国の国債といえば、最も信頼のおける金融資産とされてきました。その典型はアメリカの国債です。しかし今国債の償還が問題となっています。利子を払うのが難しい状況にあるようです。このことが、信頼の置けるアメリカ国債という常識が少しずつ崩れつつある、ということが報道される理由のようです。わたしには、その状況が本当にそうなのかはわかりません。

個人の生活では、債務や借金はないほうが良いには決まっています。ですがいざ国のレベルとなりますと大分違います。国はさまざまな政策を企画し実行し、国民の生活を安定させる責任があります。どうしても借金をして政策を実行しなければなりません。借金がいやだ、というのであれば政策を立てず、政策を縮小し国民もその下で我慢の生活をする必要があります。

例えば年金の受取額が年々少なくなるかもしれません。サラリーマンの年収も15%カットということもなるかもしれません。新車に乗り替えようかという計画をたたんで、今の車でなんとかやりくりするとか、バスやタクシーを利用するということも個人ができる我慢の生活の一部です。外食の回数を減らすことも自己防衛策の一つです。

円が買われているということは、逆にいえば円の信用があるということです。他の通貨が不安なので、消去法で円が残ったというのが買われている理由とはいわれていますが。今はアメリカや東南アジアに永住することを覚悟でドルを買うことも視野に入れておく必要がありそうです。なんとも、予想だにしなかったことが起こりつつあります。



投稿日:2011年08月20日 16:51 | コメント (0)

ドル.jpg

那覇市内で幼児教育の一環として幼稚園を開設する仕事を命じられました。本土復帰の2年前、1970年のことです。まだパスポートと予防注射が必要で、1ドルが360円のときでした。


 当時琉球政府のお役人とでなんども幼稚園設置のための打ち合わせをやりました。幸い、幼児教育の必要性が多い沖縄でしたので、設置基準を満たさないことに目をつむってくれて、開設にこぎつけることができました。1972年に本土復帰を果たすのですが、1ドルが300円となりました


 園児を募集すると障害のある幼児がやってきました。こうした二人の幼児を担当するのが私の仕事ともなりました。みよう見真似で懸命に指導したのですが、やがてもっと障害児教育を学ぶ必要を感じてきました。


 ひよんなことで、ロータリーインターナショナルという組織が、障害児教育の勉強で奨学金を出していることを知りました。ロータリーの会員はロータリアンと呼ばれます。ロータリアンは、それぞれの地域社会および世界社会において人々の生活の向上を計るためにボランティアとして奉仕することを求められています。


 沖縄には1966年に設立された那覇東ローターリークラブがありました。そこで国吉昇氏と出会いました。この方は、沖縄戦前は地方気象台に勤務されていて、気象情報を日本軍に提供するという仕事をされていました。沖縄戦の最中、九死に一生を得た貴重なご体験の持ち主です。今もロータリアンとして40年以上も毎週の例会に欠かさず出席する熱心な会員です。


 国吉昇氏はわたしをロータリーインターナショナルの奨学生に推薦してくれました。そのお陰で約1万ドルの奨学金を貰うことができました。それと共に沖縄の米軍将校夫人クラブからも1700ドルの奨学金が提供されました。これにはルーテル教会の宣教師が仲立ちしてくれました。ようやく1978年に家族を連れてアメリカに向かうことになりました。



投稿日:2010年11月21日 09:59 | コメント (0)

昨日、岡山県の蒜山より送られてきたコーンをほおばりました。そのとき、北海道は美幌の町で小さいとき食べていた頃と人々が浮かんできました。美幌は私が昭和20年から27年まで住んでいたところです。

北海道ではコーンのことを「トウモロコシ」とか「トウキビ」と呼びます。「トウモロコシ」の名は、トウは中国の国であった唐に、モロコシは唐土(もろこし)から由来しています。中国から入ってきたことが伺えます。

Maispflanze.jpg

投稿日:2010年08月13日 17:52 | コメント (0)

The Red Gym home of the Campus Information Center.jpg

わたしにとって子どもが育ち、教育を受けたところが
ウィスコンシン州です。3人の子どもが学校へ通い、
結婚して子どもを生みました。私もそこで大 学教育を受け、
その傍ら懸命にアルバイトをして家族を養いました。
60余年の生活で最も苦労しまた充実したところが
ウィスコンシンです。


家族全員が学んだウィスコンシン大学のことです。大学
は13のキャンパスから構成されています。そのうち州都
のマジソンと州で最大の都市ミル ウォーキーに大学院
があります。大学の存在はウィスコンシンの発展を支え
てきました。その精神は「Wisconsin Idea」といって、
「州の発展のために有能な人材を育て、州の恩恵を家族
の隅々まで及ぼす」ということにありました。


ウィスコンシン大学では3名の子どもや嫁、そして私が
学び、全部で学士から博士号まで9つの学位を貰ってい
ます。ウィスコンシン大学で学んだ者の 日本人同窓会
があります。多くの人がウィスコンシンで学びました。
現在の会長は、日本国有鉄道の分割民営化に尽力し、
JR東海の会長である葛西敬 之氏です。同窓会では
ウィスコンシン大学の発展のために寄付を募ったり、
留学生を送る活動をしています。


ウィスコンシン州は、アメリカの「中西部」と呼ばれ、
北はカナダとミシガン州、東はミシガン湖、南はシカゴ
のあるイリノイ州、西はアイオワ州とミ ネソタ州に囲
まれています。中西部は「アメリカの心臓部(America's
Heartland)」とも呼ばれています。それは農業や工業が
盛んなところだからです。コーンや小麦などの農産物、
自動車に代表される工業製品がこの中 西部から世界中
に輸出されています。



投稿日:2010年07月08日 13:36 | コメント (0)

写真02.jpg

「ミュンヘン、サッポロ、ミルウオーキー」というコマーシャルがはやったのは
1970年代。ビールのことです。ミルウオーキーはウィスコンシン州最大の都市。
ドイツ系の移民が多かったせいか、ミルウオーキーにはミラービール( MillerBrewering Company)の他に、Schlitz、Blatz、Pabstといったビール会社もあります。いずれも伝統の味がします。


野球はアメリカの代表的なスポーツ。ミルウオーキーにはプロ野球球団もありま
す。ミルウオーキー・ブルーワーズ(Milwaukee Brewers)という、ミラービール
がオーナーになっています。プロのバスケットボールもあります。この町の人口
は60万人くらいですが、スポーツ好きであることがわかります。またやフット
ボールのチームであるグリーンベイ・パッカーズ(Green Bay Packersがグリーン
ベイという小さな町を根拠地としています。グリーンベイの人口はたったの10万
人。市民が株主となっているという珍しい経営をしています。



投稿日:2010年06月17日 13:56 | コメント (0)