2006年06月22日
ある時、ある一家から食事に招かれたことがあります。まだ私がアメリカでの研究に出かける前のことです。勇んで出かけましたが、なにか様子がおかしいのです。その奥さんには、一向に食事の支度をする様子がありません。食卓につきますと、一瞬唖然としました。 料理の量と種類が、私の感覚からすると少な過ぎるのです。卵焼き一個、ピクルス、パン、牛乳、ジュースです。おかわりもできません。しかし、その家族は皆平然として会話しています。お招きを受けたのは、食事ではなく会話であることに気がついたときは、既に遅かったのです。 この質素な食習慣はあまり珍しいことではないことを、やがてアメリカで幾度も経験することになります。
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