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記事掲載者:成田 滋先生

プロフィールへ 海外出張の際に感じた海外情報や、その他レジャーの楽しみ方など徒然なるままにご紹介します。
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2006年08月31日

私は、人とすれ違うとき相手の顔を正面からみるクセがあるようです。例えば、歩いていて向こうから人がきたとして視線が合ったときは、時々「ハイ」とか「今日は」と声をかけます。
女性のときは、軽く会釈します。路上で声をかけやすいのは、年配の方々です。必ずといってよいほど、相手から返事がかえるのはこの人々です。たまに中学生の男の子が元気に「今日は」と声をかけてくれるときは、爽快な気分になります。
アメリカにいたとき、妙齢の女性からすれ違いざまにウインクされたことが何度かあります。それも涼やかな笑顔を伴ってです。視線が合うと「ハイ」といってすれ違います。

その反面、こちらが少し落胆するのは、目を伏せて視線を避けようとする女性です。また、「この人なーにー?」とでも言わんばかりの表情でそそくさと逃げるように去るのも女性です。ヨン様は羨ましいです。



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現代人は疲れているといわれます。その例ですが、通勤の電車でもバスでも必ず一人や二人は眠っています。これはアメリカでは希有な現象です。
「日本人は欧米人に比べて働き過ぎるんだよ。」そんなことはありません。夜遅く寝て、朝早く起きるから、通勤途中では眠るのです。要は睡眠時間が足りないのです。別な言い方をすれば、24時間のリズムが特異なのです。

どうしたら寝不足を解消できるかです。私には寝不足と、もしかしたら少子化を解決できる一石二鳥の突飛な提案があります。



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2006年08月18日

私のような人生の回り道をした者は、大学にはそういません。
大学では皆、研究者の道をまっすぐ進むのが有利だと考えられています。従って、私は大学の研究者としては遅咲きの部類に入ります。
「いろいろな経験をしたきたようですね?」この言葉をこれまで何度もきいてきました。言外に「大分損したですね」とでも思っているようです。

ですが、欧米にはこうした回り道の人生を経るものは少なくありません。それが当たり前だと考える風土もあります。
多くの人々は、どういう仕事が向いているのか、どんな勉強をしたいのか、どんな冒険をしたいのかを真剣に考えて回り道するのです。
今、朝の連続小説では、主人公が音楽への志を持ちながら、味噌屋さんで奉公する姿が放映されています。小さいときから音楽漬けで音楽家になる人は少ないはずです。



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2006年08月13日

 コンビニやファミレスの店員の挨拶は、他の国にはないものです。
あの決まり切った文句のあいさつ、これがすっかり習慣化しています。
マニュアル化しています。
誠に「馬鹿丁寧」としかいいようがありません。
そもそも店員全員が唱和するのですから、それは騒々しいものです。  最近は、郵便局の窓口もそれに近くなっています。
客の一番近くにいる従業員だけが、このぎょうぎょうしいあいさつをすればよいのではありませんか。
「いらっしゃいませ、こんにちは、ようこそ」と。
話題は、レストランの待ち時間についてです。



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2006年08月01日

シアトル、、海辺に面したこの街はどこか神戸に似ています。山も近くにあります。ワシントン州は太平洋岸にあり、このあたりはWestCoast(西海岸)とも呼ばれている日本人にはなじみのある州です。マリナーズの本拠地ですね。コンピュータが好きな人には、「ああ、マイクロソフトの本社が近くにあるな」とすぐ思い浮かべることでしょう。私の住む加東市は、なぜかワシントン州都であるオリンピア市の姉妹提携都市なのです。不釣り合いこの上もないです。

シアトルの歴史は日本との関係で興味あります。かって日本からの移民がこの地に沢山やってきたのです。今でも日系の人々が大勢住んでいます。戦前、戦後、こうした移民の人々は辛い生活を余儀なくさせられます。そのことを記した小説に「SnowFalling on Cedars-杉木立にかかる雪」 というのがあります。1954年頃の物語で、ワシントン州の島における日系アメリカ人の人種差別を題材としています。この小説は、1995年にウイリアム・フォークナー賞をもらいます。フォークナーはアメリカを代表する小説家です。実は、この小説を読むようにいわれたのは、長男の嫁のKateです。現在長男とで私の二人の孫を懸命に育てています。彼女は読書が大好きなのです。



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