ジャンル:こぼれ話
田舎の映画館から
「映画は嫌いだ」という人に会ったことがありますか?そんな人に会ってみたいものです。いくらテレビや大型液晶テレビが普及したとしても、映画館のあの大画面と音響にはかないません。戦前も戦後も現在も映画は人々の貴重な娯楽となっています。
「映画ははたして歴史を変える力を持っているだろうか」。この問いは、難しいです。ただ言えることは、一人ひとりの生きる力になったり心の糧になってきたということです。
私も「映画気違い」の一人です。差別用語を使うようですが、それ以外に適当な用語が浮かばないくらいです。映画との遍歴は中学生の頃からです。親の目を盗んでは、観にいったものです。西部劇、歴史もの、チャンバラなど沢山観にいきました。そのころ洋画とか総天然色、とかの言葉がはやりまして、カラーの巣晴らしにみとれたものです。よく田舎の町には「名画座」という名前の映画館がありました。そのうち、名画座が「スカラ座」なんて名前を変えていました。
小学生のときは、学校全体で文部省特選の映画にいきました。上映前の興奮、そして「ブー」と鳴って、館内は一瞬にして真っ暗となります。まずはニュース映画のパラマウントニュースから始まります。声優の独特な言い回しが懐かしいです。この人の名は竹脇昌作という元NHKのアナウンサーでした。俳優の竹脇無我氏の父親だった人です。この人の節回しは今でもはっきり記憶に残っています。映画はたいてい二本立、ともあれ映画はその頃田舎では最大の楽しみでした。
さてこのエッセイの本題は、「映画は人々にとってどんな役割を果たしてきたのか」です。映画は単なる娯楽なのでしょうか。という問いなのです。映画は必ずあるメッセージを発信します。歴史を伝え、ときに歴史を創造し、文化を普及させてきたことを考えたいのです。製作者や監督の個性がシナリオに込められています。風景や建物、なにげない役者の台詞に緻密な時代考証がなされています。
ですが、映画の光とともにその陰も忘れてはなりません。それは、映画の大衆性の持つ影響です。国のプロパガンダに映画が担がれてきたことです。ナチズムも八紘一宇の思想も映画を大いに利用してきたことを思い起こしたいのです。映画は時の為政者にとって格好の宣伝道具となりました。人を煽動し、洗脳すらする力を持っていました。これも映画が果たしてきたことです。
投稿日2006年09月25日 08:44




