ジャンル:
ホームスティの楽しみ方

「日本は葬式に、アメリカは誕生日に親戚が集まる」。これは私の勝手な観察ですが、さして見当違いの見方ではありません。卒業式や感謝祭にも遠くから親族が集まっては親交を深めます。
人が喜ばしいときに集まるのはいいものです。我が国では、人々は葬儀にやってきます。久しぶりに会っても会話は短く、まじめで悲しそうな表情を保ちます。笑いやジョークを言っていると顰蹙(ひんしゅく)をかいます。
本当は、もっと親しい会話をしたいはずなのですが、、誕生日のパーティですが、人が集まって公園でピクニックをして、バーベキューで腹を満たし、フリスビーに興じます。親戚が大勢集まっても、広い家なので泊まりの心配はありません。
子どもたちは、地下室でわいわい遅くまで遊び、そこで寝ます。家と庭はなにせ広いのが羨ましいところです。アメリカは集まることが好きなようです。人と出会うことで、話題を見つけ、交換しあいます。人はなんといっても一番の情報源です。
外国人の家に泊まるいわゆる「ホームスティ」を考えましょう。ホームスティにはそれなりのエチケットがあります。それは、人のなかにとけ込んで会話を愉しむという姿勢です。ただ長期に泊まるのであれば、ホテル住まいでもいいのです。食事が口に合うか合わないかは、たいしたことではないのです。ホストファミリーは外国からの旅人をもてなしたいです。それも会話をしたいのです。だから旅人をホームスティとして受け入れてくれるのです。
ホームスティから帰るひとが、「食事がまずかった、、」「シリアルとハンバーガーだけだった」とブツブツ言います。日本なら、旅人を食事でもてなすでしょう。毎日ご馳走をだすのが、もてなしだと勘違いしています。ですから外国人は「日本人は贅沢な暮らしをしている」と勘違いするのです。
ホームスティで「何をたべたいか?」と聞かれたとき、「なんでも結構です、適当にお願いします」ではいけないのです。何でもいい、となればホットドックやサンドイッチが毎日でるに違いありません。このような態度を改めるのが、ホームスティという機会なのです。美味しい食事をしたいときは、「このあたりの名物を試してみたい」「血のしたたる厚いステーキが食べたい」「新鮮なサラダや果物が食べたい」と主張することです。
時には、アメリカ人の心をくすぐるような次のような会話はどうでしょう。「アメリカのてんこ盛りのアイスクリームを一度は試したい」。彼らは、こうした言葉にコロリとなります。NO1が好きな国柄ですから、大盛りのアイスクリームで満足したときは、「やっぱりアメリカはNO1だ、、」と言ってやれば、ホストファミリーは多めのチップをテーブルにはずむはずです。
投稿日2007年08月06日 14:59




