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記事掲載者:成田 滋先生

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ジャンル:こぼれ話  

「時」について

名称未設定 1.jpg 感謝祭、クリスマス、正月の休暇が終わり、あたりの変化は冬景色となりました。雪深い北海道の少年時代が懐かしいです。冬を前にしてとれた野菜を地面に埋め、そこに棒杭を打って、雪が降っても掘り出せるようにしたのを想い出します。アメリカも日本も晩秋や厳冬の美は変わりありません。木々はすっかり冬眠して、春の胎動に備えています。ときが新しい息吹を持ってきてくれます。

 景気がなんらかんらと取り沙汰されています。景気も落葉のように、これ以上下がることがなく、やがて時がくると豊かに茂ってくれることを皆が願っています。月日が経てば、世の中はなにか変わるものです。「時」それが今回の話題です。

 「時」というのは、人間だ定めた時間と超自然界にある時間とに分けることができそうです。前者は、「景気の回復はいつか?」という時間のことです。人間の営みや努力によって世の中が変化する流れのことです。人間が支配したり浪費する時間とか、一週間という時の刻みのことです。時計や暦はそうです。

 もう一つの「時」は、永遠とか自然ときです。一人の末期症状の患者がいたとします。残された時間は一週間と僅か。しかし、患者はこの時間を他の病めるひとへの慰めや加護を込めて祈ります。祈りが届いたかどうかはわかりません。しかし、祈りで満たされ充実した一週間となり召されていきます。それまで、患者にとって経験したことのない「時」がそこにあったのです。「生き方の質」とはこのような「時」を意味するのではないでしょうか。ここでの「時」は、時間ではありません。人の有りようとか、人の生き方のことです。時間と違って、買ったり譲ったり消費したりして誰もが経験することではありません。それは、個人の生きる意味のことです。どう生きてきたか、を振り返るとき私たちはなんらかの回答をしなければなりません。それは「あなたは、どんな時をもっていましたか?」ということになります。

投稿日2009年01月07日 15:35


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