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アメリカの町を歩く(その3)
バージニアの隣はワシントンDCです。首都としての顔は数々の世界的に有名な博物館や美術館です。こちらもとてもとても一週間そこらでは見て回ることができません。スミソニアンという富豪がこうした施設を建てたといわれます。このあたりは「モール」と呼ばれ、ホワイトハウス、国会議事堂(キャピトル)が並び、年中おのぼりさんや近郊から生徒が見学にやってきて賑わっています。
今度は西へ向かいミシガン州のデトロイトです。この飛行場も巨大です。デトロイトはGMの本社。アメリカ発展のシンボルでしたが、今や昔の観があります。しかし、アメリカの底力は自動車産業を中心とした裾野の広い技術力です。デトロイトからさらに西に進むと前々回紹介した全米第2の都市シカゴです。シカゴを北上するとウイスコンシン州のミルウオーキーです。「ミュンヘン、サッポロ、、、」と口ずさみたくなります。麦酒の美味しいところです。ミルウオーキーは、精密機械などでも有名なのはご存じでしょうか。ミシガン湖に面した歴史のある町です。
ウイスコンシン州の西北にはミネソタ州があります。「ツイン・シティ」であるミネアポリスとセントポールが並びます。ミズリー川をはさみ双子の町が坐っています。ミネソタツインズの本拠地、ノースウエスト航空、ハネウエル、穀物市場のカーギルの本社があります。このあたりは、かって氷河によって削り取られあちこちに湖が点在しています。自動車のナンバープレートには、「10,000の湖」という州のモットーが書かれています。
またもや東へ飛ぶとニューヨークです。New Yorkの名のとおりイギリスのYorkからきた人々がこの名を付けたようです。今はBig Appleという愛称もつき、世界の金融やエンターテイメントの
中心です。この町の食は意外とBBQです。あちこちにシシカバーを食べさせてくれるレストランがあります。セントラルパークの広さも驚きです。一度ここを一周しようとジョギングしたことがありますが、すぐリタイアーしたことを想い出します。まるで自然の中にいるように錯覚するところです。都会の喧噪の中のオアシスとして余りある場所です。ニューヨークはかってヨーロッパからの移民が上陸したところです。人々が検疫を受けたエリス島、そばに自由の女神が大西洋を見おろしています。
ニューヨークの北にボストンがあります。マサチューセッツの州都であり最大の都市であります。アメリカで最も歴史の古い町の一つとしてこのあたりの経済的・文化的中心地です。独立戦争の歴史を知っておくと、この町の歩く楽しみは倍加します。ボストン虐殺事件、ボストン茶会事件、バンカーヒルの戦いなど史跡を訪ねましょう。バスや船を使ってまわるとガイドのユーモアに満ちた説明を楽しめます。分野でアメリカにおける先駆けとなった。ボストンは有名な大学があります。大学自体が大きな雇用を生むだけでなく、市や周辺地域にハイテク産業を呼び寄せる効果も生んでいます。ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学 (MIT)、ボストン大学、ボストン・カレッジなどがそ うです。こうした大学は、静かに流れるチャールス川に面して建っています。ボストンの優れた文化的風土は、学問的な名声のためです。ボストンの文化は大学から発しているのです。
駆け足での大陸横断の終わりは小さな町に立ち寄ることとしましょう。ボストンの北はニューハンプシャー州です。そこにポーツマスという小さいながら歴史の町があります。我が国にも由緒のあるところです。それを少し説明しましょう。日露戦争の講和会議はこの町で開かれたのです。合衆国大統領ルーズベルトの仲介によりここにあった海軍工廠内で行われ、ポーツマス条約が締結されます。当時の日本は戦争で疲弊していて、これ以上の戦争の継続は不可能であると判断し譲歩しました。戦争賠償金には一切応じないという最低条件をのんで条約を締結したのです。困難な外交的取引を通じて辛うじて勝ち取ったと言われる反面、怒った国民が日比谷焼打事件などの暴動を起こしたのもこの講和条約です。
ポーツマスは人口2万人の実に小さな町です。講和会議の場所は博物館になっています。町の図書館にもポーツマス条約の時の写真が並んでいます。小村寿太郎やウイッテといった代表と一行の新聞記事が写真とともに展示されています。町並はニューイングランドそのもので、高い建物はなにもありません。かろうじて合衆国で最も古い海軍工廠が地元の経済を支えているような印象を受けます。ポーツマスはそれでも歴史を刻んで今に至っています。ニューヨークやシカゴのような華やかさとは対局的に、静かに落ち着いたたたずまいはアメリカの小都市にみられる目立たない魅力となっています。
投稿日2009年03月17日 13:31




