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どこの国に行っても人を笑いに誘う職業があります。アメリカでは、トークショーがあります。世相を皮肉ったり、政治家をネタにしたゴシップまがいのジョークで人を笑わせます。日本では漫才がそれにあたるようです。ボケと突っ込みで社会を揶揄(やゆ)したり風刺するのは笑えます。
落語は外国にはありませんね。落語には人情噺(ばなし)、怪談噺、落とし噺があります。古典と創作とか新作落語にも分類されます。落語ブームは沈静化したようですが、今でも根強く落語は日本の文化として生活に根付いています。落語には舞台と登場人物が必要です。舞台の典型は長屋です。わたしも長屋に住んだときがあります。そこは「鉄道官舎」と呼ばれていたのですが、なんのことはない長屋でした。普段は汲み取りの匂いが充満し、口論のかん高い声、暮れになると餅つきの音が響くところです。落語では長屋の大家(おおや)と店子(たなこ)が登場して、その掛け合いを笑いのネタとなります。店賃(たなちん)を5年間もためている店子がいたり、夢の話を聞こうして店子から拒否され、それを奉行所に訴える大家など、長屋の暮らしが可笑しく語られます。
わたしにとって子どもが育ち、教育を受けたところがウィスコンシン州です。3人の子どもが学校へ通い、結婚して子どもを生みました。私もそこで大 学教育を受け、その傍ら懸命にアルバイトをして家族を養いました。60余年の生活で最も苦労しまた充実したところがウィスコンシンです。
家族全員が学んだウィスコンシン大学のことです。大学は13のキャンパスから構成されています。そのうち州都のマジソンと州で最大の都市ミル ウォーキーに大学院があります。大学の存在はウィスコンシンの発展を支えてきました。その精神は「Wisconsin Idea」といって、「州の発展のために有能な人材を育て、州の恩恵を家族の隅々まで及ぼす」ということにありました。
ウィスコンシン大学では3名の子どもや嫁、そして私が学び、全部で学士から博士号まで9つの学位を貰っています。ウィスコンシン大学で学んだ者の 日本人同窓会があります。多くの人がウィスコンシンで学びました。現在の会長は、日本国有鉄道の分割民営化に尽力し、JR東海の会長である葛西敬 之氏です。同窓会ではウィスコンシン大学の発展のために寄付を募ったり、留学生を送る活動をしています。
ウィスコンシン州は、アメリカの「中西部」と呼ばれ、北はカナダとミシガン州、東はミシガン湖、南はシカゴのあるイリノイ州、西はアイオワ州とミ ネソタ州に囲まれています。中西部は「アメリカの心臓部(America'sHeartland)」とも呼ばれています。それは農業や工業が盛んなところだからです。コーンや小麦などの農産物、自動車に代表される工業製品がこの中 西部から世界中に輸出されています。
「ミュンヘン、サッポロ、ミルウオーキー」というコマーシャルがはやったのは1970年代。ビールのことです。ミルウオーキーはウィスコンシン州最大の都市。ドイツ系の移民が多かったせいか、ミルウオーキーにはミラービール( MillerBrewering Company)の他に、Schlitz、Blatz、Pabstといったビール会社もあります。いずれも伝統の味がします。
野球はアメリカの代表的なスポーツ。ミルウオーキーにはプロ野球球団もあります。ミルウオーキー・ブルーワーズ(Milwaukee Brewers)という、ミラービールがオーナーになっています。プロのバスケットボールもあります。この町の人口は60万人くらいですが、スポーツ好きであることがわかります。またやフットボールのチームであるグリーンベイ・パッカーズ(Green Bay Packersがグリーンベイという小さな町を根拠地としています。グリーンベイの人口はたったの10万人。市民が株主となっているという珍しい経営をしています。
クリスマスは欧米で生まれたものではありません。中東、今のイスラエルやパレスチナ地方で興ったできごとです。イエスが生まれたとき、3人の博士が捧げものを持ってヨゼフとマリアが泊っていた宿の馬小屋を訪ねてきます。そこでイエスと対面するのです。
今、村上春樹の小説や随筆を読んでいます。彼の新刊本がどこの書店にも並んでいます。それも一番良い場所にです。最近呼んだものに「ねじまき鳥クロニクル」、「やがて哀しき外国語」があります。後者のエッセイに彼のマラソン参加記があります。アメリカと日本のマラソンの違いが書かれていて懐かしくなりました。今回はマラソン雑感のようなこととします。
今回は、軽い話題をとりあげましょう。日本人はほかに比べて少々真面目なところが多いといわれます。ですが、落語や漫才などが好きな人が結構いるように、真面目ななかにもおかしさを楽しむことが好きな民族といえます。真面目な表情をしていて、意外と気さくな人が入国審査官です。彼らは毎日何百人もの入国者を相手にして同じ質問をし、スタンプを押しては、「Next,,,」といって仕事をこなしています。退屈きわまりないはずです。仕事柄で無表情な顔になるのです。機内のフライトアテンダントもそうですね。こちらは、毎日食事配りと片づけを何百人のひとを相手にするのですから、それはもう大変な肉体労働です。
この4月より、通信制の高校の運営にあたっています。ほやほやの学校ですが、インターネットを主に使った遠隔指導が中心です。対面の授業はほとんどありません。個別の指導が中心です。高校生は全国にいて、自宅でライブ授業を見たりオンデマンドでの授業を見てレポートやクイズを提出して採点してもらい単位をとります。私はこの学校の校長なんですが、その短い体験が今回の話題です。
教師と噺家(落語家)にはなんのつながりもないようですが、職業として興味ある類似点や相違点があります。この話題を取りあげるのは、教師という職業の特殊性と変容を噺家とう職を通して考えたいからです。
教師と噺家は、どちらも演出家であり演技者でもあります。なにをどのように演ずるかはこの両者の思いと発想に依存しています。誰も「ああしなさい」「こうしなさい」といってくれません。教師は黒板とチョークを持って特定の子どもの前に立ちます。噺家は、扇子とタオルを持っていろいろな人物を演じます。不特定多数の観客を前にして演技し笑わせようと努力します。いずれも舞台装置や大道具などを必要としません。これも似ているところです。
憲法記念日と子どもの日にはさまれた休日。みどりの日とは少々奇異ではあります。とってつけた名前ですが、新緑が鮮やかな頃ですから、まあよしとしましょう。
緑といえばアメリカにもこれにちなんだ祝日があります。聖パトリック・デイです。もとは、カトリックの国アイルランドにキリスト教を広めた聖人パトリック神父の命日です。この祝日は「緑の日」とも呼ばれています。東海岸のニューヨークやボストンなど、アイルランド系(アイリッシュ)移民の多い地域や都市で盛大に祝われます。この日には緑に染めたラガービールを飲んだり、緑の衣服を身に着けてパレードに参加したりします。大リーグではこの日には特製の緑色のユニフォームあるいはキャップを付ける習わしがあります。
毎日、父親の遺品を使っています。机、椅子、文房具箱、辞典、碁盤などです。2年前に96歳で他界しました。この年は母親も後を追うように逝きました。94歳でした。
すべての人に老化とか成熟がやってきます。高齢化ですね。老化には、発達とか成長について、気をつけなければならない特徴が見られるようになります。今回は、自戒と反省を込めながら老化と成熟の違いを取りあげることにします。
老化と成熟は違うようですが、紙一重のようなところがあります。それは、身体の衰えが理性とか心の成長である成熟に対してマイナスの影響を与えるからです。老化という現象は次のような目に見える行為に現れます。
・人に非難を向ける。 ・他人のせいにする。 ・自分を正当化する。 ・自分で責任を負おうとしなくなる。 ・思い込みが激しくなる。 ・異なる考え方ができなくなる。 ・人の前であてこすりをする。 ・他人の感情が理解できなくなる。 ・自分の欠点や足りなさを自分で笑うことができない。 ・誤った信念に固執しがちになる。 ・怒りっぽくなる。 ・ユーモアやジョークが理解できない。 ・趣味が無くなる。 ・所有欲が強くなる。
映像のメッセージは強烈です。先日ある大臣のぶざまな記者会見が世界中に配信されました。これは映像の力です。ですが時に言葉の持つインパクトも考えたいものです。アメリカの大統領の演説をちょっと振り返りましょう。今回は「言葉の映像化」です。
和辻哲郎の「風土--人間学的考察」というのを読みなおしました。題名が示すように、人を取り巻くさまざまな現象の中に自然科学の対象ではない「風土」という概念を持ち込んで、人を風土における「関係」という視点で考察するのがこの本の中心のようです。一般に風土の現象といいますと、人は単に風土に規定されるのみでなく、人は風土に働きかけてそれを変化させると考えられています。しかし、和辻は風土を自然環境として観照する立場をとりません。風土は本来個人的社会的な二重の性格をもつ人間の了解の仕方という立場です。これはどのような意味でしょうか。
ハワイの友人から「自分の子どもたちの学校でオバマ大統領も学んだ」という誇らしげなメールをもらっています。オバマ大統領の生育暦は複雑そうですが、貧しい生い立ちではなく、かなり恵まれた家庭の出のようです。海外やハワイで少年時代をすごしました。そうした多様な環境と両親の薫陶が彼を大統領にしたのでしょう。
感謝祭、クリスマス、正月の休暇が終わり、あたりの変化は冬景色となりました。雪深い北海道の少年時代が懐かしいです。冬を前にしてとれた野菜を地面に埋め、そこに棒杭を打って、雪が降っても掘り出せるようにしたのを想い出します。アメリカも日本も晩秋や厳冬の美は変わりありません。木々はすっかり冬眠して、春の胎動に備えています。ときが新しい息吹を持ってきてくれます。
「とうもろこしカンパニー」から送られてきたスイートコーンをほおばりながら、北海道とアメリカ中西部時代の頃を思い出しました。北海道ではコーンを「とうきび」と呼びます。とうきびは、寒い北海道の特産です。私たちは、甘いとうきびをゆでたり焼いたりして賞味します。家畜に与えるデントコーンという種類もあります。牛にとって栄養満点のコーンは、北海道の冬場を過ごす餌として大切な食料です。
最近、古くて懐かしい映画を観ます。黒澤明、市川崑、成瀬巳喜男、稲垣浩、少し時 代がくだって吉田喜重、伊丹十三。アメリではジョン・スタージェス、ジョン・フォー ド、エリア・カザン、オリヴァー・ストーン、イタリアではビットリオ・デシーカ、 ミケランジェロ・アントニオーニ、さらにフランスはルネ・クレマン。こうした監督 作品を鑑賞していると、若き良き時代を想い出します。映画館に足しげく通ったものです。それも受験期で多感な頃です。そういえば、亡き父も映画が大好きでした。二 人で酒を飲みながら、映画談義をしたものです。
「沈黙は金」が今回のテーマです。外国人と会話すると、「これでもか、これでもか」と思えるくらいしゃべってきます。それにつきあうと少々疲れます。ですがこうした冗長とも感じられる会話から学ぶことも多いものです。彼らは絶えずしゃべることによって、心理的な安定を得ているのではないか、しゃべることによって相手からなにか自分の知らないことを知ろうとしているのではないかと思われるふしがあります。
誰も沈黙は好きではないでしょう。例えば、長時間電車に乗っているとします。隣の座席にいるのはどんな人か、と感じながらだんまりを決め込むのは簡単ですが、居心地が悪いものです。声をかけると嬉しそうに応えてくれると、お互いいーい心持ちになるものです。時に「沈黙は金」というフレーズには、いろいろに解釈できそうです。沈黙ですが、「だんまりをきめこむ」「情報は隠すに限る」「黙っていれば愚か者でも賢く見える」など枚挙にいとまがありません。一方「物言えば唇寒し秋の風」と芭蕉はうたいます。寒い地方の人の口は重たい、いわれますがこれは寒さのせいでしょう。秋は沈黙がふさわしいようです。「雄弁は銀、沈黙は金」では、雄弁のほうが沈黙に勝るようです。古代ヨーロッパでは、金よりも銀が珍重された時代があります。
息子夫婦が二人の子どもを連れて大阪は豊中市にやってきています。数ヶ月の滞在です。新しい環境にまだ戸惑っているようですが、子どもは地元の小学校と幼稚園にすっかり慣れ毎日通っています。
子どもの遊びは、彼らの生活の中心であることがわかります。とにかく体を四六時中動かし、外から帰ると「腹が減った」といってはスナックをほおばっています。先日近くの校庭に行ったときのことです。ジャングルジムやアスレチックのような設備があります。高いところからロープがぶら下がっていて、子どもは競うようにして登ろうとします。大人の私ですら怖ろしい位の高さです。
私ごとですが、いよいよ今年の3月で定年退職です。「その後はどうなるんですか?」と聞かれることが多いので、決まって「ご臨終です。」といって煙にまいています。65歳まで働けるのは幸いなことです。これも健康のお陰です。健康の源には家内が作る野菜を中心とする食事にあるようです。そしていつも彼女の大きなお尻に敷かれています。定年とはなんでしょうか。一つの区切りではあるのですが、新しいことを考えるきっかけとなりそうです。仕事中心の生活では考えることは限られます。いつも授業のこと、研究のこと、学生のことでを考えるために、話題はもっと自由な世界へと広がりません。もう少し言いますと心の中のなにか大切なこと、を忘れがちになっている自分を発見します。定年は、新しい発見をする機会のことではないか、と最近考えています。
アメリカの家には大抵の道具が揃っています。例えば車の整備に使う工具です。ガレージには工具が並んでいるのをしばしば見かけます。「Do It Yourself.」(自分のことは自分でする)という言い回しがあります。車の修理を自分でできるのは羨ましいことです。どんなことが自分で車を修理できるかです。それは、主として交換作業です。 それを列挙してみましょう。 オイルとエレメント、Uジョイントオイル、ラジエータ液、トランスミッションオイル、ブレーキオイル、タイヤ、ヘッドライト、テールランプ、スパークプラグ、ブレーキオイルの交換は二人ががかりでやります。一人が運転席でブレーキを踏み、もう一人が空気を抜いてボルトを締めるのです。ディーラーに持って行けば高い工賃が取られます。
貯めたポイントを使って、久しぶりに新幹線のグリーン車に乗っています。今回はなんと往復ともです。新大阪発のに乗り込むと私一人の貸し切りです。あとから数名の客がやってはきましたが。グリーン車には足かけ、足のせというのがあります。靴を脱いで靴下をみますとそれがズボンとぴったりの色なのです。ほっとしました。なにせわたしの苦手の中年女性の車掌が切符を調べにくるのですから。それにしても、車内外のアナウンスは長くて気になります。まるで結婚式の祝辞に似ています。結婚式では一人で10分もしゃべる強者もいます。
どうも日本人は、外国人からすると全般的に若く見えるようです。そのエピソードを紹介しましょう。先日、家族のいるマサチューセッツ州のボストンへ行きました。長男夫婦は郊外の山の中に家を持っています。ボストンから90分くらいのところです。そんな田舎にもレストンランはあります。1700年代に小麦をひく水車小屋だったものを改装したので、すべて板張りの本当に落ち着いた造りです。急流の小川や池には鴨の群れが餌を求めて寄ってきます。丁度金曜日の夕方です。子育てが終わった夫婦、親戚一族らしいグループ、若い恋人などで華やいだ雰囲気です。ウエートレスが注文をとりにきます。まずは飲み物。私はいつものように地ビールです。地ビールの種類が多いのがアメリカです。ラガーやダークビールなど豊富です。一緒に旅をする同僚がビールを注文しようとすると、ウエートレスが「パスポートを見せてください。」と言うのです。年齢を確認するためです。
今月30日はハロウィーン、別名万聖節です。もともとキリスト教の習慣から由来するようです。あらゆる聖人を記念する祝日といわれます。ですが、今やすっかり世俗化し宗教色はなくなりました。この日、大人も子どもも職場や学校には色とりどりの服装や仮装姿でやってきてもよいことなっています。銀行の窓口ではお面をかぶった行員さんもいます。学校の事務室もそうです。子どもたちは、キャーキャーいってはしゃぎます。夕方、思い思いのコスチュームを着た子どもが町に繰り出します。父親に手を引かれた小さな子どももいます。バットマンの男の子、キャッツ姿の女の子、、、、。映画ETを観た方も多いですよね。その中で少年たちがETを自転車に乗せて、追いかける大人たちから逃げる場面がありました。子どもたちは、色とりどりの格好をしていました。あれがハロウィーンの日です。
先だってこの欄で、建物や公園の手洗いを共同使用にしようとまじめに提案しました。それが仮に実現したとしましょう。そのある日の夫婦の会話です。妻「ねえ、あなたそこでなにしてるの?」夫「シー」妻「なにを気ばっているの?」夫「ウン」この少々下ネタの情景わかりますね。中高年の方々、特におばさんの元気さには感心します。ある機中の3人連れの会話です。A 「わたしトイレに行きたいの、、そこちっと通して。」B 「仲良く一緒にいきましょうよ。」C 「だって、一人ずつしか入れないでしょ、、」この女性たちは、どうも団体旅行です。フライト・アテンダント(FA)との会話も興味あります。A 「ビール一本ください。」FA 「一本5ドルです。」B 「あら、JALはだだなのに、、、。」C 「じゃ私は白ワインにするは。おいくら?」FA 「一本500円です。」A 「ビールをやめて私も白ワインにするわ。」B 「私は、ペプシ、、。これはただよね。」
先日、所属する学会の大会が神戸でありました。教育分野の大会は大概は大学の建物を使うのですが、今回のはなんと国際会議場です。費用も相当かかったはずです。会議場を使った各種催し物は、今では当たり前なのですが、大学はまだまだそこまでいきません。安い費用で切り上げるという観念が根強いのです。外国では、必ずホテルや会議場を使って大会を開きます。私も外国での学会で発表したり参加してきました。こうした大会では、参加の中に学校の教師も沢山いることです。彼らは、自分の研究や実践の成果を一生懸命にアピールします。プレゼンが上手いので、内容を点検するのがついつい疎かになります。大会の特徴ですが、自分のキャリアを高めようとするオーラが充満していることです。 大会会場の一角に大きなコーナーがあって、教育委員会や学校のブースがあります。 大会は新しい人材を捜したり、仕事を探す場でもあります。
今ロンドン行きの機中にいます。久しぶりでゆったりした気分です。一列3席に座っているのは自分一人なのです。こんなに空いている便は珍しいです。大概はぎゅうぎゅう詰めのアメリカ行きが多いのです。今回は別です。乗務員ものんびりとサービスをしています。こんなに空いているならさぞかし赤字ではないか、そのうち廃止となるのでは、、、など余計なことを考えてしまいます。機内でウトウトしていると、座ったままできるストレッチング体操の映像が流れてきました。それを見ていて、私のいつもの「なにか変、、感覚」が働きだしました。体操する女性がトレーナー姿で、しかもファーストクラスで写っているのです。一体誰があんな格好でファーストクラスに乗っているでしょうか。しかもほとんの乗客はエコノミーです。足すら伸ばしにくい席で、どうして堂々と手足を伸ばせ、というのでしょうか。「エコノミー席での体操を考案せんか、、」と叫びたいです。
歩いたり走ったりすることが好きな私には、公園はたまらなく爽快になるところです。芝生の緑が目を癒してくれます。適度に植えられている木も日陰を提供してくれます。外国の公園は風情の点ではいまいちですが、ひろびろとして走りたくなるような気分になります。芝の手入れが行き届いているのです。和風の公園といいますか、庭園は岩と池とこんもりとした木々が織り成す芸術です。ただ、広さが足りません。庭園は狭く観光客が集まるので、静けさを楽しむことはあまり期待できません。先日、京都は大原に行ったときです。三千院に隣接する小さな寺-宝泉院の庭園に案内されました。開園間もなくだったので、誰一人おりません。畳に寝そべって存分を手足を伸ばしました。額縁庭園と呼ばれているところです。庭園の名前は、盤桓園。「立ち去りがたい」という意味です。静寂そのものでした。
どの民族もことお土産については、万国共通な文化があるようです。親戚や友達に会うとき、初めての人に会うときなにがしかの土産を持っていきます。アメリカ人は土産に手作りのものを、例えばクッキーやキャンディー、パンなどを作ってでかけます。花を持参するのも多いですね。心を込めることが土産の大切なことのようです。土産で忘れられない思い出があります。連邦政府に行ったときです。障害者にも易しくコンピュータを使えるように指導する部局に専門家を訪ねました。いろいろな話をきいたり資料を沢山貰いました。帰り際に小さな電卓をお礼の印として渡そうとしました。「倫理規定があって、申し訳ないが貰うことができない。」と言うのです。たかが1000円位のものです。日本では、この程度の手土産は慣習の一部でとやかくいわれませんね
内閣改造が終わったとたんに、また大臣の更迭です。誠にスピーディなことです。メディアはこぞって新閣僚を紹介しています。それを聞きながら、どの人も決まって使う言い回しが気になります。それは「思っています。」とか「思います。」という語尾です。政治家だけでなく、アナウンサーも俳優も落語家も司会者にこぞって「思います。」の連発です。「金と政治の関係を透明化したいと思います。」「今後演技を磨いていきたいと思います。」「一席お笑いを申し上げたいと思います。」「これから披露宴を始めたいと思います。」先日集中講義を担当しました。院生に課したレポートの書き方の注意として、「思います」を使うと減点すると伝えました。なぜ「思います」は使うべきでないかも説明を加えました。
車社会のアメリカでのエピソードはいろいろあります。今回は免許とナンバープレートについてです。免許の取り方はアメリでは実に簡単です。それも短期間で僅かな費用でとれます。まず、家族の人が隣に座って、夜間がら空きの駐車場などで練習します。それから陸運局のような所へ行って、路上走行とペーパーテストを受けます。1週間もあれば誰でも合格です。何度も実地運転を失敗して高い金額をふんだくられる国とは違います。車を持つことも簡単です。特に中古車の流通が多い国ですから権利書の名義を書き換えるだけです。それもせいぜい10ドルもあればOKです。アメリカでは「For Sale」「Best Offer--いい値をどうぞ」というポスターをあちこちで見かけます。値段の交渉のポイントは、持ち主がどれだけメンテをやっているかです。定期的にエンジンオイルやエレメントを交換しているかの記録は大事です。購入前のエンジンの点検は昼間に行うことです。夜間は、オイルやラジエータの液漏れやキズなどは分かりません。こうした点検によって、値切ることができます。大抵、持ち主は早く売りたいので、値段を自分から提示して交渉することです。交渉には、車の相場に詳しい人を同行することも大事です。
旅といいますと、車の話題にについての愉快な事、苦い経験などあります。車社会のアメリカでは車は、車についての話題には事欠きません。映画でもパトカーとの追っかけ合いで、スタントマンの活躍がすごいですね。アメリカでは車は脚代わりという考え方があります。車は財産とは考えません。ですから、ピカピカに磨いておくことはありません。大抵はおんぼろ車で、乗り込みますと脚の踏み場がないほどゴミだらけです。特に子どものいる家族の車は酷いです。長男夫婦の車がそうなのですが、、、アメリカに車検は無い、ということをいつぞやこのニュースのどこかに書きました。自分でメンテをするというのが基本なのです。エンジンオイルやエレメント、ラジエータ液の交換などは日常的なことです。車庫にはメンテの道具が揃っています。要は「走ればよい」というのです。ブレーキの交換や調整も自分たちでするのですから、始めてそれを見る者は驚きます。
前回、北欧の都市の広場は、聖なるものと俗なるものが交わるところと述べました。とりわけ、中世に勃興した自治都市と広場の関係は、興味深いものがあります。エストニアの首都タリンの街は城壁で囲まれて発展しました。その中に広場があります。エストニアは小国の故に、第二次大戦前後は大国に翻弄された歴史があります。ソ連崩壊後の1991年に独立を宣言しました。タリンの街には古い教会が建ち並び、タウンホールといういわば役場が広場の一角にあります。広場は街の中心にあり、恐らくいろいろな集会が開かれたようです。さらに街には、商工組合の原点とされるギルトのあった建物があり、政治とは切り離された独自の商行為をしていたことがうかがわれます。その建物は今は歴史博物館となっています。ここで広場が、文化の形成にどのような役割を果たしたかを考えます。通信技術が発達しなかった昔は人と人が出会うことが必要でした。人との出会いの場、それが広場となりました。人と「もの」と「情報」が混じり合うのが広場です。「もの」とは、商品などを指します。ついで「情報」ですが、これは文化ということになりましょう。
大分前の話ですが、北欧を旅したことがあります。国の代名詞「スオミ」と呼ばれるフィンランドと先日天皇陛下が訪問したバルト3国の一つ、エストニアです。時は7月で、白夜というものを始めた経験した懐かしい旅です。なにせ、午前0時になっても外は明るいのですから面くらいました。東洋からの若くて元気の良いギャルの群はこうした国には見かけません。地図やガイドブックを手にする家族連れが見かけます。多分田舎から汽車でやってきたかと思われる家族連れなどに出会います。身なりが質素なのと、なんとなく酪農や畑仕事をしているような風情が感じられる人々です。ここはこうしたお上りさんやまわりの国からの新参者が行き交います。通りに面したカフェやレストランは、競うように色鮮やかなパラソルをひろげ、テーブルや椅子を並べて客を迎えています。待ちに待ったつかの間の夏、夏の盛りです。街のあちこちに広場があります。大道芸人のアクロバットや道化師のパントマイム、弦楽三重奏をかなでる音楽家、そうした芸術を演出する通りがかりの人々、そして白夜という舞台が用意されているのはなんとも贅沢です。
外国へ旅をしてまず考えることは、交通手段です。レンタカーは異国の地で運転に慣れている人には便利です。そうでない人は、電車やタクシーなどが必要です。先日ワシントンDCに行ったときは、地下鉄(メトロ)を大いに利用しました。郊外に住む人々は、通勤にまず車で近くの駅へ行きます。そこにある無料の駐車場からメトロに乗り換えるというわけです。通勤時間中に車でワシントンの中心に入るには、条件があります。まず必ず2人以上が乗っていることです。通勤する人は近くの住人や友人を誘って、交互に車を運転します。通勤時間帯が揃っていると、人の車に乗って職場に行けます。このよう知恵を「カープール(car-pool)」と呼びます。
久しぶりでボストンの郊外に住む長男の家族と再会しました。80年前に建てられたという木造の家に住んでいます。敷地は4,000坪という広大なものですが、周りの芝生の庭を除いてすべて雑木林で使い途はありません。長男には2人の息子がいます。私の4人の孫のうちの2人です。一緒に遊んでは喧嘩するやんちゃ盛りの息子です。上の息子ですが、朝6時に起きすぐに朝食、それから学校内にある幼稚園へ行くまで遊んだり、長男の指導でバイオリンの練習をします。スズキメソドですので楽譜を使いません。長男は大学で教えているので出勤時間はフレック スです。職場へ行く途中、長男を幼稚園に連れて行きます。帰りは母親が連れて帰ります。
会話の切り出しにいろいろな表現があります。日本では、さしずめ「暖かくなりましたね」、「いよいよ梅雨ですね」などと天気を話題にして会話が始まります。特に春夏秋冬がはっきりしている国では、天気の話題は適切です。「この珈琲は香りがありますね」、「この建物はユニークですね」などといったことから会話が始まることもあります。ま たどこかの国では、「今日はどのくらい歩きましたか」というのもあるそうです。このように会話のきっかけは、どうしても差し障りのないことから始まります。親しい間柄の人の場合を除いて、会話では人の格好や洋服などを話題にすることはあまりありません。「素敵な装いですね」などと言うと、誤解が生じることもあります。 ただ、職場や友人などの間では「今日はびしっときめていますね。どうしたんですか?」なんて言っても一向に不自然ではありません。もっと気のおける関係では、「髪を切ってきましたね。なにかあるんですか?」などと言って、会話を盛り上げることもできます。
2007年2月1日のこのコラムで「コネの普遍性」という話題を提供しました。その中で、私の父親が言っていた「彼の友達や知人はほとんど鬼籍に入っている」ということを引用しました。
この父親も2月7日に急逝し、まさに友達と一緒に鬼籍に入ってしまいま した。元気だっただけに、この出来事からいろいろと考えさせられています。彼の遺留品を整理しながら、最も興味あるものが毎日つけていた日記と家計簿です。
「ヒトはひととつながって人となる。」誰がそんなことを語ったのかは覚えておりませんが、振り返ってみますと人に助けられたことは、誰にも幾多となくあります。親しい友人からの励まし、力添え、助言、ちょっとした会話などなど、、、、人とつながるから人は助けられます。96歳の父が言っていました。「今日は何人のヒトと会話を交わしたかな、、、」。彼の友達や知人はほとんど鬼籍に入っています。彼の真剣そうなつぶやきには、つながりを無くしたことへの思いが感じられます。
昨今の高校の不祥事は、センター試験や大学入試のせいでもありますが、誠に情けない姿でした。PTA連合会長なる者が、早速文科省に陳情し、高校生の不安を払拭するように特別な対応を依頼したことが報道されていました。この陳情の意味は、学校の非をあまりお咎めしないで、いまの高校生3年を特例として卒業させて欲しいということのようです。
「映画は嫌いだ」という人に会ったことがありますか?そんな人に会ってみたいものです。いくらテレビや大型液晶テレビが普及したとしても、映画館のあの大画面と音響にはかないません。戦前も戦後も現在も映画は人々の貴重な娯楽となっています。「映画ははたして歴史を変える力を持っているだろうか」。この問いは、難しいです。ただ言えることは、一人ひとりの生きる力になったり心の糧になってきたということです。私も「映画気違い」の一人です。差別用語を使うようですが、それ以外に適当な用語が浮かばないくらいです。映画との遍歴は中学生の頃からです。親の目を盗んでは、観にいったものです。西部劇、歴史もの、チャンバラなど沢山観にいきました。そのころ洋画とか総天然色、とかの言葉がはやりまして、カラーの巣晴らしにみとれたものです。よく田舎の町には「名画座」という名前の映画館がありました。そのうち、名画座が「スカラ座」なんて名前を変えていました。
現代人は疲れているといわれます。その例ですが、通勤の電車でもバスでも必ず一人や二人は眠っています。これはアメリカでは希有な現象です。「日本人は欧米人に比べて働き過ぎるんだよ。」そんなことはありません。夜遅く寝て、朝早く起きるから、通勤途中では眠るのです。要は睡眠時間が足りないのです。別な言い方をすれば、24時間のリズムが特異なのです。どうしたら寝不足を解消できるかです。私には寝不足と、もしかしたら少子化を解決できる一石二鳥の突飛な提案があります。
私のような人生の回り道をした者は、大学にはそういません。大学では皆、研究者の道をまっすぐ進むのが有利だと考えられています。従って、私は大学の研究者としては遅咲きの部類に入ります。「いろいろな経験をしたきたようですね?」この言葉をこれまで何度もきいてきました。言外に「大分損したですね」とでも思っているようです。ですが、欧米にはこうした回り道の人生を経るものは少なくありません。それが当たり前だと考える風土もあります。多くの人々は、どういう仕事が向いているのか、どんな勉強をしたいのか、どんな冒険をしたいのかを真剣に考えて回り道するのです。今、朝の連続小説では、主人公が音楽への志を持ちながら、味噌屋さんで奉公する姿が放映されています。小さいときから音楽漬けで音楽家になる人は少ないはずです。