先回、ジンギスカンは昭和初期、当時の日本の国策によって誕生した料理であるというお話をしました。今回は、ではなぜそのジンギスカンがひるぜんの名物になったのかということについて、その発端をお話します。
今からさかのぼること50年以上も前の昭和30年頃、戦後の復興を成し遂げた日本は高度成長期を迎えます。日々食べていくことがやっとだった戦後の荒廃から抜け出し、生活に余裕が出てきた人々の間には余暇を楽しむゆとりも生まれてきていました。当時の池田隼人首相は「所得倍増論」を唱え国民を鼓舞。全国民が一丸となって豊かな日本を作るために前進していました。
バブル崩壊以降、実質的な長期の低迷を続けている昨今の日本と比べると、国も国民一人ひとりも元気や勢いがあり、良き昭和の時代であったという気がします。
そんな中、戦前・戦中と陸軍の演習場として使われていたひるぜん高原一帯は、その雄大な景観から今度は観光地として一躍脚光を浴びるようになってきていました。雪深い山間部に位置し、農業以外にこれといった基幹産業のなかった蒜山地方。当時の役場も観光を将来のひるぜん発展のための柱にしようと、キャンプ場や登山道、スキー場などの整備に力を入れました。「西の軽井沢」の名前が付けられたのもこの頃です。
こうして雄大な自然をいかして施設も整備され、ハード面は充実してきたひるぜん高原ですが、観光のもうひとつの大きな要素である「食」に関しての目玉となる、これといった料理がありません。
山の中のひるぜんでは当時はお客さんに出せるような新鮮な魚は入りません。山菜など山の幸は豊富でしたが年間をとおして安定して供給することができませんし、豊かさや豪華さを求めていた当時の状況の下ではインパクトにも欠けます。また牛や豚の肉はそのころのひるぜんではまだまだ貴重品で値段も高く、大衆向けではありませんでした。
何か良い料理はないものかとあれこれと頭を悩ませた行政関係者が目を付けたのが、羊肉を使ったジンギスカン料理でした。その頃日本中にも、ジンギスカン料理を提供している観光地はほとんどなかったのですが、ひるぜんの先人はこの料理に白羽の矢を立て、ひるぜんの新しい名物として育てていくことにしたのです。
でもどうして数ある食材・料理の中からジンギスカンが選ばれ、定着していったのでしょうか。それには観光地としてのひるぜんの発展にかけた人々の熱い思いと羊とひるぜんとの意外なつながりがあったのです。
この続きはまた次回で。
投稿日:2009年08月18日 09:34
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