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武家屋敷・・渡辺邸 1/2
「武家屋敷」。なんて厳かな響きでしょう。
そう聞いただけで思わずその塀に囲まれた静かな邸内で送られていた格式と礼節を重んじた生活の日々が頭に浮かんできます。
この渡辺邸は、はっきり言って派手なつくりでもありませんし、そう大きな建物でもありません。
しかしその簡素で上品な造りがかえって「質実剛健」とでも言うべく武士道の精神を伝えています。
よくある大商人の旧家のように太い柱や梁がめぐらされていたり、欄間に派手な透かし彫りがほどこされていたりして「どうだ。金ならあるゾ」といった風でなく、あくまでも『物よりも心』という点にこだわった、武家の高い精神性が伝わってきます。
この家の主の渡辺家は、代々勝山藩主・三浦家の家臣で、家老職を務めるなど上級武士の家柄でした。
160石取りという身分だったそうです。
詳しくはわかりませんが、今でいうと、地方の大きい企業の専務さんと言うところでしょうか。
明治維新を迎え、版籍奉還・廃藩置県により、時の当主・渡辺晋三氏は、武士の身分を失い士族になりました。「士族」という名はもらっても実質は失業者であり、多くの士族は生活に苦労したのが現実だったようです。
そんな中で晋三氏は当時日本ではまだ定着していなかった近代歯科技術を先駆者として学び京都で開業、京都府歯科医師会の初代会長まで務めています。
その業績を讃え、この渡辺邸の長屋門をくぐってすぐの左手に「渡辺先生生誕の家」という石碑が立っています。
家老職の家に生まれ、不運にもその道が断たれると、勉学に励み歯科医で大成するなんて、すごいですねえ。
こんな優秀な家臣がいたら殿様は助かりますね。
これなら殿は腰元の女中を追っかけたりして「ダイジョーブダー♪」なんてやってても、本当に大丈夫ですね。
投稿日2006年04月12日 19:42




