ジャンル:勝山 文化・歴史 見どころ
高瀬舟 (1/2)
城下町勝山は「うしろ姿も美しい町」です。
家にも表と裏があり、それが連なってできあがってる「町並み」にも当然表の顔と裏の顔があります。
勝山の「町並み保存地区」は白壁や連子格子の家々が軒を連ねた表の顔が魅力的なことはもちろんですが、その反対側、すなわち裏側から見た町並みもまたなかなか風情があるのです。
岡山の三大河川のひとつである旭川を挟んで対岸を走っている国道313号線から、この「町並み保存地区」のうしろ姿が良く見えますので眺めていただきますと、勝山がうしろ姿の美しい町であることが良くわかっていただけると思います。
伝統あるすばらしい建物群は前から見ても後ろから見ても美しいのです。
そして、その時に川沿いに並ぶ古い家々の石垣と川の境のあたりをよーく見てみて下さい。
石垣を斜めに走る石段や、石積みで囲まれた広場のような構造物が点在しているのがわかると思います。それが「高瀬舟」の船着き場です。
高瀬舟は江戸時代から昭和初期まで物資の運搬に使われていた川舟で、3人ほどの人夫が乗り込んで勝山と岡山の間を往復していました。
積荷は鉄や木炭、タバコなど勝山周辺で生産された物が中心でしたが、遠く山陰方面からの荷もあったそうです。山陰名産の干しわかめや干物の魚などもあったでしょうね。
午前中に荷を積み込み、落合まで下ってそこで一泊。翌日夜明けとともに立ち、その日のうちに岡山に到着したといいますから、結構早かったみたいです。
当時はダムもないし河川改修などもおこなわれていませんから水量も多かったのでしょう。
流れに乗ってどんどん下っていくのは気持ちが良かったでしょうが、岩にぶつかりでもしたら、木造の高瀬舟はひとたまりもありませんので、舵取りには気が抜けなかったと思います。
このように行きは良いのですが問題は帰りです。
帰りは塩などの瀬戸内の産物を積んで帰ったのですが、帆を張り、風を利用して川をさかのぼってきたそうです。行きの一日半に対して帰りは四~五日かかったみたいです。
でもそれだけかかったにしても、よく川をのぼってこれたものだと感心します。ちなみに行きは荷を1,800貫(約6.8トン)も積んで行き、帰りは200貫(0.8 トン)を積んで帰ったそうです。
結局往復で7.6トン・7600kgもの荷を運んでいたということです。燃料を全く使わずも出さずこれだけの荷を運んでいたのですから、究極のエコ流通システムですね。
この高瀬舟は、昭和の初め勝山に鉄道が敷かれ、それによる物資の運搬が始まったのを期に姿を消します。
投稿日2006年04月13日 06:04




